16話_壊された平穏
いよいよ、この時がやって来た。
数日前から念入りにチェックしながら用意した荷物。
そして、何より大事なアルステッドから渡された封筒。
結局、封筒の中は変わらず白紙のままなのだが……大丈夫なのだろうか?
「いよいよ、出発ね」
マリアは、いつも通り、ニコニコと笑いながら俺を見ている。
「ライ……頑張って」
「頑張れ」
寂しそうな表情で腕を掴みながら、マナとマヤは俺にエールを送ってくれた。
ちなみに、スカーレットは俺と共に王都へ行くことになった。
俺が1人でどこか遠くへ行くと分かった途端、自分も連れて行けと言わんばかりに俺の身体に巻き付いてきた。
どうせすぐに諦めるだろうと思い、数日は我慢出来たが、1週間を超えた辺りから、俺の方が耐えられなかった。
俺が折れたと分かった瞬間、身動きが取れない程にギチギチと巻き付けるのを止めた時は、少しだけ、ほんの少しだけ殺意が湧いた。
まぁ、色々あったが、俺は今日、とうとう王都へ向けて出発する。
「サラにはもう連絡してるから、着いたらちゃんと良い子にするのよ」
「分かってるよ」
「それから、学校の先生にも迷惑かけちゃ駄目よ……って、ライなら、そんな心配はいらないわよね。あ、あとは、えーっと……」
「母さん」
言葉を何とか紡ぎだそうとする彼女を止めた。
「俺は、大丈夫だから」
そう言うと、彼女は思いきり息を吐いた。
「スーちゃんも……ライの事、頼むわね」
スカーレットにそう言葉をかけると、任せろという意味なのか2本の触手で丸を作った。
「それじゃ、行ってき……」
────ゴォォォォォオオオ!!!!
俺が扉を開けようとした瞬間、普段、静かな村には不似合いな音が響き渡った。
何事かと、俺は急いで扉を開けた。
「……あれ、何かしら?」
空の方を指さすマリアに俺も空を見上げると、そこには大きな飛行船が村の真上を飛んでいた。
村の人達も皆、外へ出て飛行船を見つめている。
しばらく飛行船を見つめていると、飛行船から何か降ってくるのが見えた。
(……新聞?)
落ちてきたのは、新聞記事だった。
その記事を手に取って目を通すと、書かれていたタイトルに俺は自分の目を疑った。
《王都に魔王軍、現る》
何度見ても新聞の文字が変わる事はなく、周囲で騒ぐ声も耳に入らないまま、取り憑かれたように新聞記事を読み続けた。
本日の早朝、王都が襲撃に遭った事。襲撃による被害は甚大で、既に多くの死者も出ているという事。
(王都で襲撃? 魔王軍? 多くの死者?)
端的な言葉が俺の脳内を駆け巡り、自然と思い出したのは王都にいるアランとサラだった。
「母さん、俺……っ、王都に行ってくる!」
返事を聞く前に、瞬間移動で王都へ向かった。
この現実を目の前にするまで俺は、どこかで期待していた。
あれは誰かの盛大な悪戯なのだ、と。
きっと、どこかの金持ちが暇つぶしに仕掛けた無駄に金をかけた嘘なのだ、と。
◇
王都に着いて、目の前の光景を目にした瞬間、そんな期待は、一瞬で打ち砕かれた。
以前、アランから貰った王都の写真の面影どころか、原型も留めていない程に破壊された、その場所は……最早、王都とは呼べなかった。
瓦礫の道を進んでいくと、住宅街だったであろう通りに出た。
(アランとサラは、どこに……?)
アランとサラどころか、先ほどから人が1人も見当たらない。
違和感を感じながらも、アランとサラを探すために魔法を使って2人の居場所を特定しようとした時だ。
見覚えのある人影に、思わず声をかけた。
「アラン……?」
アランは呆然とした表情のまま、ゆっくりと俺の方を見た。
「……ライ?」
探そうと思っていた人物の1人に会えた事にホッとし、俺はアランの元へ駆け寄った。
「無事だったんだな」
「……うん」
「サラさんは?」
俺がそう聞くと、アランはピクリと肩を上下させた。
それから数秒ほど顔を俯かせた後、正面を向いた。
アランの視線を追うように俺もアランと同じ方向を見ると、そこには巨大な岩に潰された民家があった。
(まさか……)
最悪の予想が俺の脳内を支配する。
何度否定しようとも、結局、この予想がこびりついて消えない。
「ねぇ、ライ……」
無機質な声で俺の名を呼ぶアランに、ゾッと背筋が走った。
「魔王が、現れたんだって……」
そう言って、アランは手に持っていた新聞記事をグシャリと握り潰した。
まるで他人事のように吐かれた声だった。
俺の方をチラリとも見ずに、何かに取り憑かれたように言葉を紡いでいくアランに、嫌な予感を覚えた。
アランは光を失った瞳から涙を流しながら、無理矢理作った笑みを俺に向けて言った。
──これで僕は……絵本の勇者に、なれるよね?
今、平穏が壊れた音がした。




