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127.5話_閑話:ズルい大人

※今回は、アルステッドとビィザァーナ、ビィザァーヌしか登場しません。

 ライ達が退室し、部屋から遠ざかっていく。

 彼らの気配が完全に途絶えたのを確認すると、アルステッドは椅子の背もたれに身体を預け、大きく伸びをした。

 この部屋に、ビィザァーナとビィザァーヌしかいないからこそ、出来ること。少なくとも生徒に、こんな姿は見せられない。

 伸びをすると、ポキ、パキと身体の節々から小さな音が聞こえる。


「……よく、あんなこと言えたわね」


 不満一色に染められた声に、アルステッドは閉じていた目を開けた。


「〝あんなこと〟とは、どんなことかな?」


「あら……惚けても駄目よ、先生」


 先ほどのものより口調は柔らかいものの、その声に滲ませられた感情は、殺気立った獣よりも恐ろしい。

 だが、アルステッドは、やれやれと肩を竦めるだけ。

 この程度で怯むような器であれば、魔法学校の理事長を含めた、それなりに重い立場は務まらない。


「ここ数ヶ月で疲労が溜まり、気が立っているのは分かるが、少し落ち着きたまえ」


「私達は落ち着いているわ。落ち着いているから、先生の話に最後まで耳を傾けることが出来たのよ」


 何を言っても、彼女達の怒りは収まりそうにない。寧ろ、火に油を注いでしまいかねないと、アルステッドは口を閉ざす。

 彼女達の中で静かな怒りの炎が燃え上がっていた事には気付いていた。

 途中で割って入ってくるかも知れないと警戒はしていたが、流石に、そのような真似には至らなかったようだ。


(まぁ、()()が目の前にいたのだから、言えるはずも無いだろうが……)


 〝彼女〟とは無論、カリン・ビィギナーの事だ。

 ビィザァーナ達は、アルステッドがカリンに向けた言葉が気に食わなかったらしい。


「貴方の言葉を聞いた時の、カリンちゃんの表情を見た? 貴方の言葉に感極まったような顔をしていたじゃない。……相変わらず、()()()の希望を持たせるのが上手いわね」


「仮初めとは失礼な。事実、彼女には、この試験を受けるだけの才能があった。それを素直に伝えただけだよ」


「あら? その割には、彼女から〝今回の件に、家は関わってないのか?〟と尋ねられた時、動揺していたようだけど?」


 私は見逃さなかったわよと、ビィザァーヌは言葉の刃を突き立てる。

 ()()()()では無いと分かる彼女の言葉に、付き合いが長いのも考えものだと、アルステッドは心の中で頭を抱えた。


「彼女が抱えている事情は、たった1人の少女が背負うには荷が重すぎるものばかりだ。だが、だからと言って我々が易々と代わりに背負えるものでも無い」


「でも……一緒に背負うことくらいは出来るでしょ」


 あぁ、いかにも彼女らしい考えだと、アルステッドの唇が弧を描く。

 しかし、その考えがいつも通用するほど、この世は甘くない事を、彼は嫌というほど理解している。

 例え、自分が最も選びたくない手段や選択であったとしても、それしか選べない時もあるのだ。


(少しは大人になったかと思ったが……まだまだ子どものようだね)


 どれだけ身体が大きく成長しようとも、どれだけ周囲の男を虜にする女性らしい容姿になろうとも、彼が彼女に抱く印象は変わらない。

 彼からすれば、ビィザァーナ()よりもビィザァーヌ()の成長を感じることの方が多い。

 昔から聡明で能力においても優秀だった彼女は、今もその才能を活かし、様々な角度から世界を見ている。そういった意味では、人生経験の濃さは彼女の方が上だろう。

 しかし、どうやら今回の彼女は、ビィザァーナの味方らしい。感情に身を任せるだけの姉とは違い、こちらが僅かでも隙をみせれば、そこを容赦なく突いてくるから厄介ではあるが、今のアルステッドにとっては敵ではない。

 何故なら彼女もまた、アルステッドと()()だから。

 事実、ビィザァーナと違い、彼女は深く追求しようとはしない。感情論だけでは打ち負かせない事も世の中にはあるのだと理解しており、また、今回の件が正にそうだと分かっているからだ。


「一緒に背負うというのは具体的に、どうするのかね? 彼女は謂わば、我々、()()()()()に巻き込まれた被害者だ。そんな彼女に我々が何か言葉をかけたところで素直に受け取ってくれると思うかね?」


「それは……」


「ありきたりな言葉では、彼女の心は掴めない。それに、仮に彼女が我々を受け入れてくれたところで何が出来る? 彼女の中で生きる()()は、今の我々の力では、どうすることも出来ない。結局、それは……先ほど君が言った〝仮初めの希望〟を与えてしまう事になるのではないかね?」


 悔しげに口元を歪めたビィザァーナは口を閉ざし、喉を小さく唸らせた。

 言葉を失った者と、無駄に口論を続ける必要は無い。それに何より今は、カリンにばかり気を向けてはいられない。

 弱まる王都の結界。自分達の必死の治療も虚しく、日に日に弱っていくカグヤ。

 これだけでも既に手一杯だというのに、数ヶ月前に突然、しかも夜中に訪れたアンドレアスのお蔭で、更に考えるべき事が増えてしまった。

 彼1人では、とてもじゃないが背負いきれない。だが、彼には優秀な元教え子達がいる上に……今は()もいる。

 現在13という齢にして、凄まじい魔力とその魔力を扱う能力を持ち、また予想外の事態にも臨機応変に対応できる順応性も兼ね備えた彼が。

 彼と森の洞窟で初めて出会った瞬間から、アルステッドは彼に並々ならぬ〝何か〟を感じ取っていた。

 その彼は今、アルステッドの期待通り……いや、寧ろ、それ以上の働きを見せている。

 そんな彼だからこそ、アルステッドは託そうと思った。

 大人の事情に、また子どもを巻き込んでしまう事への罪悪感が無いわけでは無かったが……それでも、自分では、どうする事も出来ないから。

 だから、彼を頼るしか無かった。


 本来、()()()()()()()()()()飛び級試験を、今回は特例として2名の受験者を設定し、互いに競わせるのではなく、力を合わせて行う課題を与えたのは、カリン(彼女)のため。

 これで、ほんの僅かでも彼女の負担を減らす事が出来れば万々歳だ。

 何だかんだ言っておきながら結局は、アルステッドも彼女を放ってはおけなかったのだ。

 何も知らない彼に全てを託すこと自体が無謀な賭けだが、何しろ他に頼れる存在がいない。

 とりあえずは、他の問題を対処しながら試験当日まで待とう。


(さて、この選択が吉と出るか凶と出るか……)


 既に、賽は投げられていた。

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