127話_試験の内容
俺とカリンの返事を聞いたアルステッドが語り始めたのは、飛び級試験の内容に関する事だった。
「試験の内容は、もう決まっているんだ。カリン・ビィギナー、ライ・サナタス。君達の飛び級試験の合格条件は……〝君達2人の魔力融合を完成させること〟」
「え、魔力融合って……」
今日の授業で習ったばかりの魔法じゃないか。
これは偶然か? それとも……
「習いたてホヤホヤの魔法……しかも、クイズに真っ先に答えた貴方達なら楽勝よね♪」
あ、これ偶然じゃない。
いつから試験の内容を決めていたのかは知らないが、今日に合わせて、あの授業を行ったのだという事は、ビィザァーナの反応を見て、すぐに分かった。
「1週間後、再び君達を呼び出す。その時までに、君達の魔力融合を完成させたまえ」
「……1週間ですって?」
冗談じゃないと、カリンがポツリと本音を零す。
魔力融合に関しては、先ほど習ったばかりで、まだ記憶が新しい。だからこその本音。
魔力融合は、単に複数の魔法使いが魔力を共有すれば良いわけでは無い。
何らかの形で心が通じ合った者同士でなければ発動は難しい、と……ビィザァーナは言っていた。
だから、この魔法は家族や兄弟、そして恋人のように初めから強い繋がりを持った者同士で発動される事が多い魔法なのだとか……
少なくとも、最近、漸く普通に会話するまでに至ったような仲で発動させるような魔法では無い。
「話は以上だ。それでは1週間後に、また会おう。君達の素晴らしい魔力融合を期待しているよ」
……何も知らないからとはいえ、なんともまぁ気楽に言ってくれたもんだ。
俺達の場合、まずは発動させるための最低条件からクリアしていかなければならないというのに。
「どうやら君達にとって、1週間という猶予は短いと感じているようだが……私としては寧ろ、長過ぎるくらいだと思っているのだがね」
何を根拠に言っているんだ、何を根拠に。
「それじゃあ後は……アリナ君、グレイ君。君達に託してもよろしいかな?」
「はい」
『お任せ下さい』
どうやら彼からの話は、これで終わりらしい。
色々と言いたいことはあるが、言ったところで解決しないのは目に見えているから、あえて言わない。
隣にいるカリンも、あからさまに納得していない表情を浮かべてはいるが、口は閉ざしている。
そんな俺達を見てか、ビィザァーヌが申し訳なさそうに眉を下げて微笑む。
「ごめんなさいね、2人とも。本当なら、もう少し早く伝えておくべきだったんだけど……」
そう言った彼女の目の下には、アルステッドほどでは無いが、薄っすらと隈らしき影が。
化粧で誤魔化しているのか、本当に薄っすらとしたものだが、それ以上に彼女の表情が計り知れない疲労を露わにしてしまっている。
そこまで気付いて、感情に身を任せて彼女やアルステッドに不満や戸惑いをぶつける気は全くない。
(……消化できない分は全て、グレイにぶつけてやろう)
それでなくとも、彼には色々と聞きたい事がある。
それに、アルステッドから彼を頼れと言われているのだ。ここは素直に、言葉に甘えさせてもらおう。
「さて、私からの話は以上だが……何か質問はあるかな?」
質問はありません。はい、解散……となるかと思いきや、カリンが徐に手を挙げた。
「1つ、いいですか?」
「あぁ、いいとも」
まさか〝試験内容を変えて下さい〟なんて言うんじゃないだろうな……?
「今回の試験……家は関係ないんですよね?」
……家? 彼女の言う家というのは……ビィギナー家のことか?
彼女の質問の意図が分からない。だが、アルステッドは違ったようで、彼女の問いに答えるように頷いた。
「先ほども言ったが……この試験は、こちらで定めた基準を全て満たしていなければ受けられない。これは平民だろうが貴族だろうが、皆同じだ」
あぁ、なるほど。
今回、試験を受ける資格を得られたのは、自分の力ではなく、ビィギナーという〝名前の力〟のお蔭なのではないかと疑っていたのか。
(……意外だな)
寧ろ、ここは〝自分なら得られて当然だ〟と胸を張って言いそうだが……
「ここで、位や立場なんてものは何の意味も持たない。クエストや試験を通して個人の才能や努力を分析し、それに見合った評価を与える。ここは、そういう場所だ。今回の件も勿論、君の才能と、これまでの努力によって得られた結果だ。……だから、堂々と胸を張りなさい。他の誰でもない君自身に、それだけの力があるのだ、と」
彼女の疑問が、ここまで壮大な話へ至ると誰が予想できただろう?
個々の努力や才能を分析し、評価するとアルステッドは言っていたが……俺の場合、この力は努力とも才能とも違う気がする。
(いや、元々は俺の力なのだから、才能……ということになる、のか?)
まさか、カリンの疑問に対する返しが、俺に新たな疑問を植え付ける結果となってしまうとは。
ふと、カリンの反応が気になり、チラリと彼女を盗み見た。
「……っ」
今にも溢れ出そうな何らかの感情を無理やり抑え込むかのように、硬く閉じられた唇。しかし、完全には耐えきれていないのか、その唇は僅かに歪んでいる。
その表情は、悲しみとも喜びとも取れるような複雑なもので……
何故、そのような表情をする?
今のアルステッドの言葉の中に、その理由が隠されているのか?
どれだけ考えたところで答えに辿り着くわけが無い。だって俺は彼女のことを、ほとんど何も知らないのだから。
それでも無性に気になって……俺は瞬きするのも忘れて、彼女を見つめ続けていた。
飛び級試験まで、あと7日。




