126話_飛び級試験
ビィザァーナの指示通り、俺とカリンはアルステッドの部屋を訪ねた。
教室のものとは比べ物にならない重量感のある扉をノックし、奥から入室を許可する声が聞こえた同時に扉を押した。
初めて見る彼の部屋は、学校内に存在しているとは思えないほどに煌びやかなものだ、が……アンドレアス達が暮らす城を目にしていたお蔭か、その煌びやかさにたじろぐことは無い。
「やぁ、待っていたよ」
入室した俺達に言葉を向けたのは当然、アルステッドだ。ただ……俺達を迎えたのは、彼だけでは無かった。
「うん、うん。ちゃんと寄り道せずに来たわね。偉い、偉い。
まだ教室で授業をしていたはずのビィザァーナ。
「久しぶりね、2人とも」
彼女の双子の妹であり、俺とカリンが所属するクラスの担任であるビィザァーヌ。
「…………」
生徒会長のアリナ・フェルムンド。
彼女の勧誘を断って以来、なんとなく気不味くなって避けていたのだが……まさか、このような場で顔を合わせる事になるとは。
そして……
(お久しぶりですね、魔王様。お元気そうで何よりです)
……何故か、グレイの姿が。
(……何故、お前が、ここにいる?)
(何故と言われましても……俺も魔王様と同様、アルステッド理事長に呼ばれたから、としか……)
あぁ、そうだった。お前は、そういう奴だった。
俺が最も知りたい答えを察していながら、あえて知らない振りをする。
そして彼が、そのような行動を取る場合は大抵、彼の代わりに、誰かが俺の問いに答える。
そういう無駄に勿体ぶった演出を好む卑しい奴だったな、お前は。
「突然の呼び出しと今の現状に混乱しているであろう時に、更に追い討ちをかけるようで申し訳ないが……本日、急遽、君達を呼び出し理由について、まずは結論から述べさせてもらうよ」
いいね? と目で問いかけているものの、彼の言葉を拒否する権限など、俺達は初めから持ち合わせていない。
すんなりと頷くと、彼は目元に深い皺を作りながらニコリと笑った。
そんな彼の目の下部には、遠目からも分かるほどに、くっきりと浮かんでいる隈。
理事長という立場である彼が忙しいというのは重々承知しているが、ここまで表情に疲労を背負っている彼を見るのは初めてな気がする。
(ここ数ヶ月、ビィザァーナ達が学校に顔を出さなかったのと何か関係があるのだろうか?)
気にはなったが、あれこれ考えたところで、何かが分かるわけでも、何かが出来るわけでも無いので、アルステッドが口を開いたと同時に思考を止めた。
「君達には今から〝ある試験〟を受けてもらいたい」
「……試験?」
これまでなら遅くとも数日前には試験のアナウンスがあったのに、今回は、そのようなものは全く無かった。しかも、その試験は俺とカリンだけで行うらしい。
理解が遠のいていく事態に最早、何から尋ねれば良いのかも分からない。
「君達には言っていなかったが、この学校には〝特別な試験〟があってね。日頃の授業態度や、これまでの成績、そしてクエストの成果等、全ての分野の中で基準値以上の評価を得た生徒だけが受ける権利を得られる、通称--飛び級試験と呼ばれているものだ。この試験に受かれば、本来ならば中等部の2年目を迎える君達は一気に高等部へと進級する事が出来る」
(飛び級……)
聞き馴染みのない言葉ではあったが、アルステッドの話を聞いて、何となく理解できた。
彼の言葉の繰り返しになるが、この試験に合格する事ができれば、俺とカリンは中等部として過ごす残り2年間を省略できるらしい。
「それだけじゃ無いわよ。飛び級試験に受かれば、高等部の成績優秀者しか受けられない高難易度クエストも受けられる上に、王都内にある飲食店は1年間無料! 無料よ、無料!!」
ビィザァーナの興奮染みた声が響くが、アルステッド達が彼女に向けるのは呆れの視線。
唯一、グレイだけは口元を手で覆い、肩を震わせている。
「……コホン。まぁ、彼女の言ったことも間違いではないし、昔、それを目当てに試験を受けたいと言ってきた者達がいて、少々、面ど……困った事になってね。それ以来、この試験の情報は、試験を受ける資格のある者達だけに伝えるようにしているんだよ」
だから、この試験に関する情報は前もって与えられなかったのか……って、ちょっと待て。
(今の言葉が本当なら、もしかしてグレイも……)
(あ、俺は違いますよ。俺は既に、この試験に受かっているので)
………………え?
「あぁ、そうそう。伝え忘れるところだった。君達は同じクラスだから既に知っているだろうから紹介は省くが……彼、グレイ君も過去に飛び級試験を受けて合格し、初等部から高等部へと前代未聞の進級を実現させている。彼に来てもらったのは、君達のサポートの為だ。当然、試験への直接的なサポートは駄目だが、それ以外で何か困ったことがあったら、彼か……同じく、飛び級試験に受かっているアリナ君を頼ると良い」
俺の脳が、説明を求めている。
忌々しいほどに優等生気取った雰囲気を醸し出している元部下に、求めている。
そんな俺の思考を把握しているはずの張本人は、分かり易く俺から視線を外している。
おい、こっちを見ろ。
「ま、彼のことや試験に受かった際の報酬やその後のことは試験が受かってから、また聞けば良い。今、聞いたところで……試験に受からなければ何の意味も無いからね」
その瞬間、アルステッドの声が僅かに威圧的なものになった。世間話は、ここまでだとでも言うかのように。
「ちなみに、この試験を受ける受けないは君達の自由だ。仮に受けなかったとしても今後の成績や卒業に影響は無い。だけど、これまでのやり取りは記憶から消してもらう。一応、口外してはいけない情報だからね」
さぁ、どうする?
アルステッドの問われ、俺とカリンは互いに顔を見合わせる。
突然すぎて正直、未だについて行けていない部分もあるが……返事は既に決まっていた。
カリンも同じようで、彼女の表情には強い決意が現れている。
「………………」
「………………」
言葉は交わさず、数秒ほど見つめ合った後、同時に顔を前へ向けた。
────受けます!
同時に放たれた言葉に、アルステッドは予想通りだと満足そうに頷いた。
次回から本格的に、試験の内容へと入っていきます!




