125.5話_閑話:妖精と獣のランチタイム
白浜のように澄んだ白い丸皿に盛られた大きな魚。
どの角度から見てもギョロリと大きく開かれた目に見つめられているような気がして、どうも落ち着かない。
そんなリュウとは裏腹に、目の前の御馳走にダラダラと涎を垂らしているのはカツェだ。
今にも喰いつかんとばかりに開かれた口からは鋭い牙が顔を出し、耳や尻尾は今の彼女の気持ちを表しているかのように忙しなくピコピコと動いている。
「えーと……先に食べてて良いんだぞ?」
大好物を前にしても、彼女は我慢……所謂、〝待て〟を続けているのは、リュウが頼んだ料理が、まだ届いてないからだ。
ちなみにリュウが彼女に〝先に食べて良い〟と言ったのは、これで3回目。その度に、彼女は……
「大丈夫ニェ! ウチは、まだ我慢できる! 耐えられる!」
我を忘れかけたモンスターのような血走った目をしていて、何が大丈夫だというのか。
分かり易く涎を垂らしている時点で我慢できていると言って良いかも怪しいし、何より彼女がここまでして食欲という名の欲望と戦う理由が、リュウには分からない。
(それにしても遅いな。サラダしか頼んでないから、そんなに時間はかからない筈なのに……)
魚料理を頼んだ彼女よりも早く来ると思っていたのに、現実は彼女の料理が先に来て、自分のは、まだ来ていない。
「そういえば、リュウは何を頼んだニェ?」
「サラダだよ。腕長草のサラダ」
「あ、あーむ……?」
聞き慣れない単語に、カツェは動揺を隠せない。
「腕長草。見た目は少し変わってるけど、これが中々、美味くて……あ、きた!」
ウェイトレスが運んできたのは、カツェの料理皿の半分程度しかはいボウル状の皿。
「大変、お待たせ致しました。〝腕長草と季節の木の実のギタギタサラダ〟です」
(ギタギ、タ……?)
注文の際、リュウはメニュー表を指差しながら〝これを……〟と頼んでいたため、カツェが彼の頼んだ料理の名前を聞いたのは、これが初めてだった。
サラダとは、あまりにも不似合いな擬音語に、思わずカツェは自分の耳を疑う。
「おぉ、これこれ! ほら、カツェ。これが腕長草だよ」
差し出された皿を覗き込む。
様々な大きさや形に砕かれた木の実が綺麗な彩りとなっていて、美味しそう。……ただ1つ、時々、ウニョリと動く奇妙な薄オレンジの物体を除けば。
草と聞いていたから、てっきり緑色をしているのだと思えば、それは人肌に近い薄オレンジ。真っ直ぐに伸びた茎のように太い軸から伸びた葉の先は5つに分かれている。
しかも、その分かれた葉先は……見間違いでなければ、時々、ピクリと動いている気がする。
その葉の形が、どことなく人間の手に似ていて、正直、気味が悪い。
「そ、その気持ちわ……じゃなくて! 変な形の草? が、腕長草ニェ?」
本音が、ほとんど出てしまっていたが、なんとか踏み止まった。
「あぁ、人の腕や手みたいな形してるだろ。だから別名として〝食べられる手〟なんて呼ぶ奴らもいるらしい。……いくら似てるからって、あまりに直球過ぎる気がするけどな」
「あ、はは……そうだニェ……」
好物である魚が目の前にあるはずなのに、彼がモシャモシャと口にするサラダを見る度に食欲が失せていく。
「あの……リュウ・フローレス。1つ良いかニェ?」
「ん?」
「さっきから、その……腕長草がウニョウニョ動いてるように見えるだけど……」
正直、触れたくはなかった、が……今は、ほんの僅かでも安心が欲しかった。
フォークに刺された腕長草が明らかに不自然な動きをしている(ように見える)のは、困惑に囚われた自分が見せている錯覚である、と。
風が吹いているわけでもないのに、植物が自らの意思で動くはずが無い、と。
大笑いしなからリュウが、そう言ってくれるのを望んでいた。
「え? そりゃ動く時くらいあるだろ。植物だって生きてるんだしな」
違う。今は、そういう言葉を求めているんじゃない。
安心どころか、余計に不安を抱えることになったカツェは、クラリと眩暈を起こした。
そもそも色々と察しの悪い彼に、そのような言葉を求めること自体が間違いなのだ。
(……世界は広いニェ)
そんな結論を置いて、強制的に目の前のサラダから目を逸らし、まだほんのりと温かい魚にかぶり付いた。
視覚さえ、どうにかしてしまえば……後は、こちらのもの。
味覚と嗅覚が大好物に満たされた瞬間、引きつっていた表情筋が一気に緩む。
少しずつ初めて得た衝撃が薄れていく中、既にサラダに夢中のリュウは考える。
(この店……今日初めて来たけど、意外とメニュー豊富なんだな。オレの故郷でしか取れないはずの植物を使った料理も、いくつかあるし……次、来た時はドライ・アイ草と大福耳芋のスープもバター炒めを食べてみるか!)
結局、カツェの気持ちを一瞬でも汲み取ることが出来なかった彼は、暖気なことに次回の来店で食べたい料理を脳内でリスト化していた。




