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125話_突然の召集

 ここ数ヶ月、試験が続いたせいか授業中にも関わらず、左隣に座るリュウからは微かな寝息が聞こえる。


(試験がある度に徹夜で勉強していれば当然、こうなるか)


 日頃から復習しておけと何度も言っているのに、ギリギリまで余裕な態度を保っていて、俺の言葉など聞き入れようともしない。

 それで、最後には焦って俺に助けを求めてくるのだから、実に迷惑極まりない。

 お蔭で俺もリュウと同様、寝不足気味だ。

 ある時、毎度の如く(すが)ってきた彼を無視して寝ようとした事もあったが、〝ここが分からない〟だの〝教えてほしい〟だの〝助けてくれ〟だのと喚くわ発狂するわで、寝るに寝れなかった。

 終いには、被害の域がスカーレットにまで及び、当スライムは、今もまだ夢の中。

 出来ることなら俺も夢の中へと沈んでいきたいところだが、今だけは、そうはいかない。

 今、目の前では数ヶ月ぶりに、ビィザァーナによる合同授業が行われているのだ。

 もし、彼女の授業中に居眠りしようものなら……


「チョーク、アターック!!」


 二本の白いチョークが真っ直ぐ、こちらに向かって飛んでくる。

 俺は飛んでくるチョークをジッと見つめ、右隣に座っているカリンは呆れたように息を吐きながら、さりげなくチョークから目を逸らした。

 その数秒後。


「あだっ?!」


「ニェ゛ッ?!」


 左右の二方向から小さな悲鳴が聞こえた。


「リュウ君に、カツェちゃ〜ん? いくらビィザァーナ先生の美声が眠たくなっちゃうくらい心地良いからって、授業中に寝ちゃダメよー?」


 最後に会った頃よりも伸びた前髪で顔の上半分が濃い影ができ、頬にはピキピキと怒りを示す線が浮き出ている。


「ヒッ!」


「ニェェ……ッ!」


 リュウは俺の背に、カツェはカリンの背に身を隠そうとする。

 おい、止めろ。俺を巻き込むな。


「まったく……最近、試験の連続で疲れが溜まってるのは分かるけど、授業は頑張って聞いてちょうだい。あ、二人だけじゃなく、他のみんなだって例外じゃないわよ。完全に寝落ちしてはいなかったみたいだけど、意識を失いかけてた人がいたこと。先生は、ちゃーんと気付いてるんだから」


 その言葉に、何名かの生徒の肩がビクッと上下した。


「まぁ、良いわ。それじゃあ、復習も兼ねて今からクイズを出します。正解が分かったら手を挙げてね。見事、クイズに正解した人から、今日は帰って良し!」


 所々から不満の声が聞こえるが、それらを全て無視してビィザァーナ主催のクイズ大会は幕を開けた。


「では第1問! 〝魔法の質や力の強さは()()()()に比例するでしょうか?〟」


 彼女が問題を言い終えた瞬間、即座に挙手をした。


(こんな如何にも面倒そうなことは、とっとと終わらせるに限る)


 後からチラホラと数名の生徒の手が挙がったが、誰よりも速く挙手をしたのが俺であることを、しっかりと見ていたビィザァーナは俺の名を呼んだ。

 解答権を得た俺は立ち上がり、今日習った内容を思い出しながら口を開いた。


「詠唱」


「はい! ライ君、大正解!」


 パチパチと一人分の拍手を耳にしながら着席した俺は、帰る支度を始めようとノートに手を伸ばした……が、それを阻止するようにリュウの手が俺の腕を掴んだ。


「ま、待てよ、ライ。……オレを置いてくのか?」


「置いていかれたくなければ、次の問題で答えれば良いだろ」


「無理だよ! オレが今日の授業、ずっと寝てたの知ってるだろ?! 今の問題だって、全然分からなかったんだぞ!」


 そんな自信満々に言うことじゃないだろ。少しは危機感を持て。


「じゃあ次、2問目いくわよー。今の問題みたいに、()()()()()()しっかり聞いてた良い子ちゃん達なら簡単に解ける問題しか出さないから、みんな頑張ってね☆」


 …………ご愁傷様。

 残酷な事実を聞いて、面白いほど蒼白くなっていくリュウに静かに手を合わせた。


「第2問! 〝二名以上の魔法使いが互いの魔力を共有して発動させる魔法の名前は?〟」


「はい」


 鋭利な槍の如く鋭い声と共に高く挙げられた手。


「はい、カリンちゃん。答えを、どうぞ」


魔力融合(マジック・ユニゾン)


 即答したカリンに、ビィザァーナは嬉しそうに親指と人差し指で丸を作った。


「カリンちゃんも正解! 二人に続けて、みんなもバンバン答えてね!」


 もう問題には答えたのだから、帰りたい。帰りたいのだが、リュウの手が未だに俺の腕を拘束していて帰れない。


「ちょっと、カツェ! 邪魔しないで」


「いーやーニェ! ウチを見捨てないでぇー!!」


 ……隣でも、俺達と全く同じ攻防戦が繰り広げられている。

 思いきり腕を振り払いでもすれば良いだけの話であり、そもそも彼の自業自得が招いた状況であることは重々承知しているのだが……まるで仲間を見捨てるような謎の罪悪感に襲われる。


 ──本当に貴方は、絆された相手には致命的なほどに甘いですね。


 この場にはいない筈のグレイの声まで聞こえてきた。


「……はぁ」


 今回限りだ。次、似たような状況になった場合は、泣き喚こうが縋り付こうが容赦なく見捨ててやる。


「リュウ、耳を貸せ」


「え、何で?」


「いいから、早くしろ」


 少しだけ圧をかけたような声で囁くと、彼はコクコクと何度も頷きながら耳を近づけた。


「一度しか言わないから、よく聞け。()()答えは……」


 手短に情報を伝えて〝後は、お前の手を挙げる速さ次第だ〟と言い残し、教室を後にした。

 教室を出る直前、カツェに何かを伝えているカリンの姿が見えた。前々から思ってはいたが、どうやら彼女はカツェに甘いらしい。


 廊下は、足音が響くほどに静かだ。

 今は、まだ授業中だから当然だと言われれば、それまでだが……

 教室の扉は全て閉じられているため中の様子までは分からないが、教師や発表中の生徒らしき声が微かに聞こえる。

 その音に耳を傾けていると、背後でキィッと扉が開いた音がした。


「……アンタ、廊下に突っ立って何してるの?」


 扉から出てきたのは、一仕事終えたとばかりに脱力しきったカリンだった。心なしか、声からも彼女の疲労が垣間見える。


「いや、特に何も……お互い、手のかかる連れがいると苦労するな」


 彼女が異常なまでに疲労した顔をして出てきた理由を何となく察した俺は、お疲れ様の意を込めて言葉を紡いだ。


「……そうね。悪い子じゃないんだけど、妙にハラハラさせられるというか、目が離せないというか」


 俺の言葉に何の嫌味もなく、なんて事ない言葉で返す彼女。

 たった、それだけの事なのに。ここ数ヶ月で見慣れた光景のはずなのに。喜びを感じてしまう。

 まぁ、これまでが睨まれるか無愛想な態度で返されるかの2択だったから、すっかり感覚が麻痺してしまったのかも知れない。


(……ライ君、カリンちゃん。クイズに正解してもらっておいて申し訳ないんだけど帰るのは、もう少し待ってもらえないかしら?)


 突然、脳内に響き渡るビィザァーナの声。

 しかし、先ほど俺とカリンが出てきた扉の奥からは、くぐもった彼女の肉声が聞こえ続けている。


「……念話(テレパシー)ね」


 確信めいたカリンの言葉に同意するように、小さく頷く。

 それにしても、授業と同時進行で念話(テレパシー)を送ってくるとは……


(実は、二人に大事な大事な話があるの)


 〝大事な〟を態々(わざわざ)、二回も言ったのだ。それなりに大事な話なのだろう。


(で、その大事な大事な話は、アルステッド理事長がしてくれるから。貴方達は今すぐ、理事長の部屋まで行ってね。絶対よ!)


 その言葉を最後に、彼女の念話(テレパシー)はプツンと途絶え、質問する間もないまま一方的に話を切られた俺達は互いに顔を見合わせ、首を傾げた。


「大事な大事な話って、何かしら?」


「さぁ」


「態々〝大事〟って単語を2回も使ったって事は、きっと相当、重要な話なのね」


 やはり彼女も、そこが気になったらしい。


「よく分からないけど、それだけ大事な話なら早く行った方が良いわね」


「行くって、どこに?」


「決まってるでしょ。アルステッド理事長の部屋に……って、アンタ達、いつから……」


 俺も今まで気付かなかったが、リュウとカツェが不思議そうに俺達を見つめていた。


「さっきから、ずっといたニェ。でも、二人とも難しい顔して何か考え込んでいたから、邪魔しないように静かに待ってたニェ」


 どうやら彼らなりに、俺達に気を遣ってくれていたらしい。

 まぁ、これだけ至近距離にいながら、全く気付けなかった俺達も悪い。


「それで? 行くって、どこに行くんだ?」


「あっ! もしかして、ご飯を食べに行くのかニェ?!」


 期待の眼差しを向けるカツェに申し訳ないと思いつつ、首を横に振った。


「いや……実は俺達、急用が出来て帰れなくなった」


「え、急用? 何か雑用でも頼まれたの? それならオレも手伝うぜ?」


「いや、大丈夫だ。少し話を聞きに行くだけだから」


 ……多分。

 詳細が分からないため、心の中で曖昧な言葉を付け足す。


「そうなのか? それならオレとカツェは待って……」


「その必要は無いわ」


 リュウの提案に即座に首を横に振ったのは、カリンだった。


「少しとは言っても正確に、いつまでかかるかは分からないし。それに二人には、やるべき事があるでしょう?」


 リュウとカツェが互いな顔を見合わせ、不思議そうに眉を上げる。

 そんな二人の反応を見たカリンは、不機嫌そうに目を細めた。


「今後、()()()()()()が無いように、しっかりと勉強しなさい。……カツェ、助けるのは今回限りよ。次は無いから」


「お前も例外じゃないからな、リュウ」


「「うぐ……っ」」


 俺とカリンがいなければ彼らは教室という牢獄から出られていなかったであろう。今の彼らに彼女の言葉への反論など持ち合わせているはずが無い。

 明らかに活気を失った二人を軽く慰めた後、別れを告げ……俺とカリンはアルステッドがいる部屋へと向かった。


「寮に帰って勉強、の前に……何か美味いもんでも食べに行くか」


「……賛成だニェ」


 魂が抜けた亡霊のような覇気の無い声が再び静かさを取り戻した廊下に響いた。

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