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かつて世界の破滅を願った魔王は転生世界で何を願う?  作者: 零珠音
特別クエスト『熱血王子を護衛せよ』 編
145/551

121話_開花

 来た道を戻る。ひたすら戻る。

 来た時とは逆の方向へ曲がりながら垣根に囲まれた道を抜けた。

 アンドレアス()の居場所は空間把握魔法で既に把握しているため俺の足は迷いなく玄関ホールへと続く古い扉へと進む。

 ドアノブを回して押すと、ギィギィと愛らしさの欠片も無い鳴き声を上げながら俺達を玄関ホールへと導いた。

 玄関ホールにはアラン達を見送って間もないのか、扉を見つめるアンドレアスの姿が。


「アンドレアス王子」


 呼びかけると、アンドレアスの肩がピクリと上下し、少しだけ驚いた表情で振り返った。


「……おぉ、ライ殿! それに、アレクシスもいるではないか」


 一瞬、動揺したような素振りを見せたが、すぐに立て直し、穏やかな笑みで隠した。

 しかし、俺の手にある植木鉢を見ると、その笑みは悲しげなものへと変わっていく。


「ライ殿に渡したいと言っていたのは薔薇だったのだな。本当に……アレクシスは、ライ殿を慕っているのだな」


 その言葉が、どのような感情で紡がれたものかを完璧に読み取ることは出来ないが、とりあえず……その辛気臭い顔とは今日で別れを告げてもらう。

 アレクシスに視線を向けると彼は意図を察したように小さく頷いた。

 緊張しているのか、彼の唇は硬く結ばれている。


「あ、あの……兄さん、これ!」


 アンドレアスが何か言葉を発する前にアレクシスは植木鉢をズイッと彼の前に差し出した。

 案の定、アンドレアスには何も通じておらず、小首を傾げる彼の頭上にはハテナが浮かんでいる。


「む? ……おぉ、この薔薇。もうすぐ咲きそうではないか! 薔薇の世話を始めて、まだ数年しか経っていないのに、もう、こんなにも立派に薔薇を育てられるとは……アレクシスは相変わらず、飲み込みが良いな!」


 ……まぁ、何の言葉も無く、蕾の薔薇を見せられたら、そういう反応になるか。


「い、いや、兄さんと比べたら僕なんて……て、そうじゃなくて! こ、これを兄さんに渡したくて」


 再び差し出された薔薇。

 今度はアレクシスの行動の真意を読み取ったようでアンドレアスは驚きを露わにした。


「………………我に?」


 夢でも見ているのかと言いたげな瞳は必死に期待を押し殺している。


「う、うん。本当は、ずっと前から渡したくて……でも、上手く育たなくて……諦めかけていたら、ライさんが魔法で薔薇を、ここまで元気にしてくれたんだ。えっと、だから、その……受け取ってくれる?」


 そう言葉を紡いだ直後、アレクシスは力強く目を瞑った。

 植木鉢を持つ手は小刻みに震えている。

 だから……彼は見ることが出来なかった。

 愛おしそうに、アレクシスと……彼の持つ薔薇を見つめている兄の姿を。

 未だに震えているアレクシスの手を包み込むように、アンドレアスの手が添えられる。

 兄の手の温もりにアレクシスは顔を上げ、兄の表情を見た瞬間、嬉しそうに口元を緩ませた。

 その時だった。

 蕾がゆっくりと開き始め、薔薇は本来の美しい姿を現したのは。


「え、これって……」


「なんと……っ! 薔薇が花開く瞬間など、初めて見たぞ!」


 素直に感激するアンドレアスと驚きを隠せないアレクシス。

 しかし、この現象に心当たりがあったようでアレクシスは慌てて振り返った。


「ライさん、これ……って、あれ?」


 アレクシスが周囲を見渡す。

 いくら見渡しても、俺はもう……()()()()()()()というのに。

 アンドレアスも、周囲を見渡し始める。


「む? ライ殿は、何処へ……先ほどまで、ここに居た筈だが……」


 2人は互いの顔を見合わせて、同時に首を傾げた。


 ◇


 不思議そうに首を傾げながら、俺を探す二人の王子。

 同じタイミングで同じ仕草を見せる彼らにククッと笑いを抑え、俺は、監視眼(モニター・アイ)を解除した。

 これは単純な視力や聴力の強化と違い、範囲も指定できるから、知りたい情報だけ拾うことが出来る。

 お蔭で二人の王子の行く末を静かに見守っていけたのだから、昔の力が使えるというのは本当に、ありがたい。

 アレクシスが薔薇を手渡し、彼らだけの世界になった頃を見計らって俺は魔法を使い、その場から脱出していたのだ。

 ちゃんと()()()()()()()傍にいたのだから、アレクシスとの約束も破ってはいない。


(あのまま、あの場に留まったところで……お邪魔虫になっていただけだしな)


 だから、あえて声をかけず、魔法で城外へと出たのだ。

 これで、あの二人は大丈夫。どうか、これからは仲良く過ごしてほしい。

 そんな願いを胸に収め、俺は客や商人達の声で賑わう市場の人混みの中へと消えた。

 この時、二人の王子に〝新たな決意〟が芽生えた事を俺は、まだ知らない。

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