117話_報酬
部屋中に木霊していた笑い声が次第に止み、落ち着きの一呼吸を終えた直後、アンドレアスが何かを思い出したように声を漏らした。
「……っと、幸せに浸り過ぎて忘れるところであった。今回の件で、我に協力してくれた貴殿等に御礼をしなければっ! 報酬は、何が良い? 各々が望むものを、遠慮なく言ってみるが良い!」
見るからに上機嫌な笑みを浮かべている今の彼なら、〝自分の国が欲しい〟という明らかに巫山戯た願望さえも、実現させてしまいそうだ。
「あの、アンドレアス王子……その報酬の件なんですが……」
控えめに手を挙げたヒューマに、アンドレアスは首を傾げた。
「む? 何だ?」
「俺とアランの分の報酬は、いりません。だから、その分……ライとリュウの報酬を豪華なものにして下さい」
そう言ったヒューマの隣では、彼の言葉に同意するようにアランが頷いて…………って、
「い、いきなり何を言い出すんだよ、ヒューマ?! 報酬は、いらないって……お前とアランだって、今日まで、しっかりクエストをこなしてきただろ!」
困惑を隠しきれないリュウの言葉を否定するように、2人は小さく首を振った。
「さっきの言葉の繰り返しになるけど……今回、僕は本当に何もしていないんだ。ただ、みんなに付いて行っただけ。だから、報酬を受け取れる立場じゃない」
生真面目なアランらしい考えだった。
「俺もアランと同じだ。行き詰まっていた時に、リンさんを頼ろうと案を出したのはライ。花の化け物から、俺達を結界で守ってくれたのはリュウ。だけど……俺は何をした? 依頼されたものの、依頼主の力になれるような事は何一つ出来なかった。何もしていないのに、報酬なんて受け取れねぇよ」
〝類は友を呼ぶ〟
今、彼らを見て、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
報酬に見合う働きをしたか否かなんて、そんなものなど気にせずに、くれるというものは受け取ってしまえば良いのに。
それなのに、彼らは……
「ちょ、ちょっと待った! それならオレも報酬は受け取らないっ! ……まぁ、正直、お金とかお金とか食い物とか色々と欲しい物はあるけど……っ、だけど! 今の言葉を聞いて、受け取れるかよっ!!」
一瞬、欲望を露わにしたが……リュウも報酬の受け取りを拒否した。
予想もしていなかったであろう展開に、アンドレアスは困ったように声を唸らせた。
「む、むむ……貴殿等の心情は理解したが……」
理解はしたが、納得は出来ない……彼の表情が、そう言っている。
クエストという形式としてもだろうが、何より感謝の意を表するという点で、アンドレアスとしても報酬を彼らに渡したいのだろう。
アラン達の気持ちもアンドレアスの気持ちも理解出来るが故に、俺は口を開く事が出来ない。
「だから、アンドレアス王子。報酬は俺達の分も含めてライにやってくれ。なんたって、今回のクエストで1番活躍してたからな」
……え?
「そうだな。鬼人が心を開いたのも、ライのお蔭だし」
いや……それは俺というより、アンドレアスのお蔭……
「誰よりも頑張ったライが報酬を受け取るべきだと、僕も思うよ」
(……過大評価にも程があるぞ、お前らっ!!)
言葉で突っ込む隙が見当たらないから、こうして心の声で突っ込む。
だから、当然。俺の必死な声は誰の耳にも届かない。
「ヒューマ殿、リュウ殿、アラン殿……うむ、貴殿等の気持ち、このアンドレアスが、しかと受け取った! では我は、貴殿等への想いも添えて、ライ殿に報酬を渡すとしよう! ……受け取ってくれるか、ライ殿?」
そんな謎の罪悪感に蝕まれそうな報酬、受け取れるか。
……と、言いたいところだが、そんなことを言えば最悪、アンドレアスが泣き、周囲から批判の目を向けられそうなので、胸の内に秘めておく。
それにしても困った。非常に困った。
こんな空気では、例え冗談でも〝金が欲しい〟とか〝王都内にある飲食店1年間無料〟とか、ありきたりな願いさえ吐けないではないか。
(何か……何か無いか? この状況から平和的に逃れられる良い案が……)
報酬よりも正直、この状況から抜け出せる術が欲しい。
(断るのは駄目。報酬を受け取るのは……正直、避けたい。なんとかして必然的に、報酬を受け取る必要性を無くす事が出来れば…………ん?)
その時、我ながら恐ろしい程の妙案が浮かんだ。
この方法ならば、平和的に、この状況を打破出来る。
「アンドレアス王子。申し訳ありませんが、俺も報酬は受け取れません。だって……報酬は既に受け取っていますから」
驚いたように目を大きく開いたアンドレアス。
そして、意外そうに目を丸くしたアラン達の視線を受けながら、俺は再び口を開いた。
「ほ、報酬は既に受け取っている、だと……? しかし、ライ殿、我は貴殿に何か物をを与えた記憶は無いのだが……」
それは当然だ。
実際に、アンドレアスから受け取った物は無いのだから。
俺の言う〝報酬〟とは、決して目には見えないもの。そして、アンドレアスに限らず、このクエストを通じて、得たもの。
「ライ殿……貴殿は、一体、何を報酬として得たと言うのだ?」
「それは……新たな〝繋がり〟と〝絆〟です」
この数日間で出会った者達との新たな〝繋がり〟。
ロットにメラニー、そしてレイメイを含めたソウリュウ族との〝絆〟。
これは、大金や煌びやかな宝石など比べ物にもならない価値を持つ……と、俺は思っている。
それにしても、いざ言葉にしてみると、こう……なんとも、むず痒い。
らしくもないキザな言葉に、全身に鳥肌が立つ。こういう言葉は、俺よりもアランやアンドレアスの方が絶対に似合う。
今の言葉を、無駄に知性の高い現実主義者しかいない堅苦しい会議のような場で用いれば、鼻で笑われるような愚案で終わっていることだろうが……今、この場にいるのは、正論よりも感情の刺激に左右される若者達だ。
特に、些細な事でも大袈裟に感動してしまうアンドレアスのような人間が、今のような言葉を聞けば……なんて、呑気に予想なんてしている場合では無かった。
「……っ、ライ殿!!!!」
これまで聞いた中で最も大きな声に、ビクリと身体が上下した。
あ、この流れは不味い……と、内なる誰かが危険信号を送り始める。
もう、あんな暑苦しい地獄のような抱擁を受けるのは、御免蒙る。警戒し、身構えたが、アンドレアスが飛びかかる気配は無い。
彼は、ただ、感極まったような表情で、俺を見つめていた。
予想外の反応に、呆然とアンドレアスを見つめていると、彼の口が僅かに開いた。
「……貴殿ならば────」
言葉を紡ぎ終えたアンドレアスは満足したような……しかし、どこか寂しさを隠しきれていない表情で、俺に微笑んだ。
◇
──……貴殿ならば、我よりも強く〝王子〟という鎖に縛られた彼を、救い出せるかも知れない。
〝アレクシスを助けてくれ〟
間接的に、そう言われたような気がしたが、今の俺には無責任に吐こうとした言葉を封じ込めるように、下唇を噛む事しか出来なかった。




