14話_虫の知らせ
俺の背中に隠れて顔を出すマヤとマナを見つめているのは、アランとサラ。
もう、お気付きの方もいるとは思うが、今まさに彼らは初対面の真っ最中だ。
「マリア、貴女って人は……」
さすがのサラも驚いたのか、ワナワナと身体を震わせている。
一気に家族が三人……いや、二人と一匹も増えていれば、当然驚くだろう。
「最っ高じゃない!!!」
そうそう、最高……え?
「こんなに可愛い子達、どこで見つけてきたのよ?」
「うふふ、内緒」
〝この親にしてこの子あり〟という言葉があるが、この場合は……この母にしてこの友あり、と言った方が妥当だろう。
「でも、ライったら狡いのよ? 早速、双子ちゃんを独り占めしちゃって。昨日、三人で仲良く一緒に寝ちゃったし。どうせなら、私の部屋で一緒の布団に……あら、でも、それじゃあライが仲間外れになっちゃうわね。そうだわ! 今度、皆で私の部屋で一緒に寝ましょう! えぇ、そうしましょう!」
嬉々とした表情でマシンガンの如く言葉を放つマリアには申し訳ないが、その提案は却下させて頂きたい。
幼い頃は、まだ仕方ないと思えたが、流石に、今の年齢になって母親の部屋で一緒に寝るのは少々……いや、かなり恥ずかしい。
幼い頃に何度か入ったマリアの部屋は、可愛らしい兎のヌイグルミや置物が沢山置かれていた女性というより少女らしい部屋だったと記憶している。
そんな部屋で就寝している自分を想像しただけで……何かが減る。
「あら、仲が良いのね! 良かったら、うちのアランとも仲良くしてあげてね」
サラの横で未だに口を開けてポカンとした表情をしているアランは、不思議な生き物でも見るかのように双子を見つめている。
「………………」
「………………」
ちなみに双子は、先ほどから俺の後ろに隠れてアランをジッと見つめている。
「えっと……よろしくね」
双子の視線に困惑しながらも、アランはニコリと相変わらず愛想の良い笑顔で挨拶をした。
「……勇者」
マナの口から出た言葉に、俺はピシリと固まった。
(さては、アランの過去を見たな!?)
アランは再びポカンとした表情でマナを見た後、説明を求めるような視線を俺に向けた。
会話が盛り上がっていたはずのマリアとサラまで、いつの間にか、こちらを見ていた。
「勇者って……」
(まずい……っ!!)
「もしかして、僕のこと?」
そう言ってアランは自分を指さした。
心なしか、そう呼ばれて満更でもなさそうな顔をしている……とはいえ、この状況は大変よろしくない。
(何とか適当に誤魔化して、話題を変えなければ……)
俺は固まったまま、何か上手い言い訳は無いかと思考回路をフル稼働させていた。
「……あなた、勇者になりたいの?」
俺が口を開く前に、マヤが先に口を開いていた。
不思議そうにマヤを見つめるサラとアランに、俺は彼女達に代わって、本人達から聞いた話と嘘を混ぜながら2人のことを話した。
「へぇ、ここに来る前は色んな所で占いをしていたのね」
俺の話を聞いたサラは、純粋に驚いた表情を浮かべながら2人を見た。
「本当、凄かったわ。一目見ただけアランの将来の夢を当てちゃうなんて!」
「なんだか、魔法みたいよね」
(魔法みたいじゃなく、正真正銘の魔法なんだよな)
彼女達の会話に直接加わる事が出来ない俺は、心の中で、そんな言葉を零した。
何も考えずに呑気に会話に加わる事が出来たら、どれだけ良かったか。双子が、また何か口走るのではないか思うと気が気でない。
「ライの周りには、何だか不思議なものばかり集まるね。スカーレットもそうだし、今回の双子だって……」
まるで他人事のように、楽しそうに笑っているアランに、俺もフッと軽く笑みを浮かべた。
(俺としては、お前も、その〝不思議なもの〟の中の1人なんだけどな)
そんな言葉、アラン本人の耳に入れるわけにはいかず、勿論、心の中で呟いた。
「私も占ってもらいたいなぁ……良い?」
サラが双子の視線に合わせるようにしゃがみ込んで言うと双子は互いに顔を見合わせた後、同時に頷いた。
「良いよ。でも、私達が見えるのは過去と未来だけ」
「……どっちが良い?」
「うーん……過去っていうのは、前世とか、そういう類のものかな? でも今更、前世を知っても仕方ないし、未来を見てもらおうかな」
お願いします、とサラが頭を下げると双子はジッと彼女を見つめた。
「な、何だか同じ顔に見つめられると緊張するね」
「さっきジッと僕を見てたのは、僕のことを占っていたからなんだね」
素直に感心しながら見ているアランの横で俺は、既に種明かしをされたマジックを見ている気分だった。
「……どうかな?」
サラは、期待と不安が入り混じった表情で双子を見つめる。
見つめられている双子は表情一つ変えず、彼女をジッと見つめ返していた。
「サラ……もうすぐ、ここからいなくなる」
「え……」
マヤの言葉に、声をもらしたのは母だった。
「……どういうことなの、サラ?」
マリアの視線が、サラに集中する。視線を受けた彼女は、観念したように息を吐いた。
「本当、凄いわね。貴女は……マヤちゃん、かしら?私の未来、バッチリ当てちゃった」
そう言って頭を掻いたサラに、マリアは眉を下げた。
「もしかして……また、王都に?」
「えぇ。旦那で事足りる仕事のはずだったんだけど、突然、私の方にも要請がかかっちゃって……あ、でも、今すぐにってわけじゃないのよ?」
沈み始めた場を明るくさせるために笑いながら言ったサラさんだったが、それは逆効果だったらしくアランも顔を俯かせた。
「もう、ほら……アランも、そんな顔しない。これが、今生の別れってわけじゃないんだから……ね?」
「……うん」
そう言って、サラはアランを抱き寄せた。
「アラン君も、王都に行っちゃうのね……」
「流石に1人にはできないからね。それに、王都にはアランが目指す勇者になるための学校もあるし」
「そう……寂しくなっちゃうわね」
マリアの言葉に、場がシンと静まり返った。
俺の視界の端で、場を和ませようとしているのかスカーレットが様々なモンスターへと擬態していたが、誰も見ていなかった。
(俺だけは、しっかり見てたからな。お前の勇姿を)
そんなスカーレットの勇姿に押されるように、俺は口を開いた。
「これから……沢山、思い出を作りましょう」
全員が、俺の声に反応するように顔を上げた。
「まだ王都に行くまで時間があるんでしょう? だったら王都に行った時に少しでも思い返せるように沢山、思い出を作りましょう」
「ライ……」
「サラさんも言っていました。これが、今生の別れじゃない。例え、アランが王都へ行っても、一緒に遊ぶのは無理かも知れませんが手紙などで連絡はとれます」
「!」
俺の言葉を聞いたアランの目に少しずつ光が戻っていく。
「僕、アランが王都に行ったら手紙を送ります。だから、王都の事、アランの身の回りで起こった事、勿論、特別な用事が無い時でも構いません……アランも、僕に手紙をください」
「……っ、うん! 手紙、いっぱい送る……送るよ!」
それから俺とアランは、残された時間の計画を立て始めた。
胸に抱えきれないくらいの、沢山の思い出を作るために。
この先、離れ離れになっても、寂しいと思わないように。
「それじゃライ、明日は何をしようか?」
「そうですね。明日はみんなで、東の森に行ってみましょうか」
「そう言えば……あの時は結局、釣りが出来なかったもんね」
「はい。でも、今度は大丈夫ですよ」
「だと良いけど。あ、それと僕、ライ達とやってみたい事が……」
その後すぐに、スカーレットが混ぜてと言わんばかりに俺とアランの身体に巻き付いた。
そんな俺達を見ながら、マリアとサラは穏やかな表情を浮かべていた。
穏やかな空気を取り戻し始めた我が家だったが、マナとマヤだけは、どこか浮かない顔をしていた。
「ねぇ、マヤ……」
「うん。でも、私達は……時が来るまで何も、出来ない」
アランとの思い出を作る事に没頭していて、2人が思い詰めた表情でアランを見ていたことに気付かなかった。
次回、《未来への旅立ち 編》突入




