114話_偽らざる想い
ジッと見つめるレイメイに言葉を詰まらせた俺は、リュウに視線を向けた。
レイメイの問いかけに頷きたいのは山々だが、今は……
「あ、大丈夫ですよ。話したいことは話したし、オレは向こうに行くんで、レイメイさんはライと話をして下さい」
俺が答えるよりも早く、リュウが先手を打った。
俺を一瞥し、僅かに笑みをこぼすと、俺が口を開く前に踵を返した。
「待ってくれ。貴方にも話……というより、伝えたい事があるんだ、リュウ殿」
「え?」
そそくさと、この場を去ろうとしていたリュウの足がピタリと止まり、ゆっくりと振り返った。
「……今回の事。貴方達のやり取りは全て、聞かせてもらっていた」
どうやって? とは、今更聞かない。
レイメイの後ろでヒラヒラと手を振るメラニーが、全ての答えだ。
「貴方方と拙者達が出会ったのは、あの1度きりだ。それにも関わらず、それぞれの形で拙者達の存在を、その胸に留めておいてくれた。一族で片付けるべき問題に巻き込んでしまったというのに、だ。リュウ殿……城での、谷川のせせらぎのように心地の良い真っ直ぐな言葉。とても嬉しかった」
レイメイに、一切の偽りのが感じられない言葉を受けたリュウは、餌を求める魚のようにハクハクと口を動かしている。
そんな彼の頬は、日の光を浴びたからなんて言い訳は通用しないほどに、赤く染め上がっていた。
「そして、ライ殿。拙者達の身と心を案じて〝損な役回り〟を演じさせてしまった事……ソウリュウ族を代表して謝罪する。本当に、申し訳なかった。それでも貴方が拙者達を想って、その行動を選んだ事は、すぐに分かった。拙者は勿論……彼らもな」
そう言って、レイメイは視線の矛先を変えた。
彼の視線を追うように後ろを振り返れば、握り飯争奪戦を繰り広げていた筈の鬼人達が全員、こちらを向いていた。その中に、敵意を持った視線を向けている者は1人もいない。寧ろ、これは……俺達を仲間だと、あるいは家族だと思っている。
そう、錯覚してしまうほどに慈愛に満ちた瞳だった。
「同族以外で、拙者達を想ってくれている者がいる。それが、こんなにも嬉しい事だとは、今まで知らなかった。ライ殿、リュウ殿、貴方達は1度ならず2度も拙者達の心に温かな光を灯してくれた」
────ありがとう。
誰もが知るシンプルな感謝の言葉が紡がれた瞬間、レイメイを筆頭にソウリュウ族の鬼人達が次々に頭を下げた。ただ、何も分かっていない子ども達だけは頭を下げる大人達を不思議そうに見つめている。
腕を組みながら満足そうな笑みを浮かべたメラニーがフフッと声を漏らした。〝良かったわね、魔王様〟と、口パクで祝福した彼女に、俺も口パクで返した。〝お前のお蔭だ。ありがとう〟と。
声の無い感謝が彼女に伝わるか心配だったが、両頬に手を添えて喜色に染まった悲鳴を上げているところを見ると、その心配は杞憂に終わったらしい。
「拙者達の心は、1度折れた。だが、今は、その折れた心さえも背負って未来へ進めている。それも皆、ライ殿とリュウ殿のお蔭だ。……これから先も、拙者達と共に歩んでくれるか?」
今更だ。本当に、今更な質問だ。
彼らと共に未来を歩む? そんなの……レイメイから受け取った鬼笛を、今も返さずに持っている時点で、承諾したようなものだ。
隣に立つリュウも、俺と似たようなことを思っているのか、少し呆れたように、しかし、それ以上に喜びが滲み出た表情で、俺にアイコンタクトを送っていた。〝お前も、オレと同じ答えだよな?〟と。
頷くと、リュウが嬉しそうに大口を開けて笑った。そして、同時にレイメイの方を向き、息を吸うタイミングでさえも見事に揃えると……
「「当然だ」」
これまた、同じタイミング。そして、同じ言葉と声色で、レイメイの問いに答えた。
その瞬間、レイメイは今にも泣きそうな顔で破顔した。




