113話_柄にもなく、照れた
穏やかな昼食の時間が、握り飯争奪戦へと移行し始めた頃。
空腹が満たされた俺は、争奪戦が繰り広げられている戦地から少し離れた岩の上に腰を下ろしていた。
隣には、俺と同じように争奪戦を見守っているリュウがいる。
隣と言っても、俺達の間には人間2人分は座れそうな微妙な距離がある。
互いに目線を合わせるわけでも、何かを話すわけでも無く、ただジッと小さな握り飯を奪い合う鬼人と……何故か参戦しているアンドレアスを見ていた。
握り飯の件では、お互い何事も無かったかのように振舞っていたが、こうして2人きりになった途端に静かになった。
ちなみに、頭に乗せていた花冠は、今は俺の膝の上にある。
撫でるように花に触れると、時にザラザラと時にツルツルといった具合に、同じ花なのに感触が全く違う。
「あの、さ……」
弱々しいながらも、どこか覚悟を決めたような声でリュウが言葉を漏らした。
花に触れる手は止めず、視線だけを彼に向けると、やけにソワソワと落ち着かない様子で手を組んだら離したりしていた。
「その……悪かった、な。城で、お前を責めるような事、言って……」
意外だった。
確かに、城での一件で、どことなく気不味い空気は流れていたが、まさか彼から踏み出してくるとは。
「オレさ、あれから考えたんだ。あの言葉は、お前の本心だったのかなって。でも、レイメイさんと会った時のお前は……上手く言えないけど、大切な奴に向ける表情だったっていうか、優しい目をしてた。その時、思ったんだ。〝あぁ、あの言葉は本心じゃ無かったんだ〟って」
鬼人達に向けられていたリュウの瞳が、俺を捉えた。
その瞳には、迷いも疑いも無い。俺の行動の意図を全て把握したと言わんばかりに、全てを見透かしたような瞳で見つめる彼の表情からは、雨上がりの空のような清々しさが滲み出ている。
「お前の気持ちも汲まずに、一方的に責めて……ごめん。自分でも呆れるくらい気付くの遅いし、鈍いオレだけど……許して、くれるか?」
下げた頭を少し上げて、俺の反応を伺うようにチラリと不安げに揺れた瞳を向けた。
「オレさ……誰かといて、こんなに楽しいって思えたの初めてなんだよ。だから、その……これからも、お前と、こうやって話をしたり、クエストに行ったりしたいんだけど……」
幼い子どもが並べたかのような言葉の羅列。
いや、下手したら、今時の子どもだって、こんな事は言わないかも知れない。
それほどまでに純粋で真っ直ぐな言葉だからこそ、どんな防御魔法だって防げない、凄まじい威力を持つ。
今の言葉の威力に気付いているのか否かは不明だが、あくまでも彼自身は真剣なようで、緊張したように息を詰まらせながら、俺の言葉を待っている。
(……勘弁してくれ)
魔王の時だって、こんなにも心が乱されるほどに一直線に突き刺さる言葉を受けた事は無い。
どう受け止めれば良いのかも分からない。少しでも気を逸らそうと膝に置いた花冠に目をやると、自分でも意識していない内に、ギュッと握り締めていた。
慌てて手の力を抜いたが、握り締めていた部分の花や茎が、既に萎れかかっている。
変に、喉が乾く。数分前にローウェンから貰った、水の入ったコップに手を伸ばした。喉の奥へと流し込んだ水は、すっかり温くなっていたが、喉を潤すには充分だった。
潤いを取り戻した喉と、少しだけ冷えた頭。これで漸く……彼と普通に話が出来る。
「頭を上げてくれ、リュウ。許すも何も、俺は元から怒ってない」
正直、気不味いとは思ったが、怒りの感情が湧いたことは無かった。
俺の言葉に少しだけホッとしたように肩の力を抜いたリュウが、俺の様子を伺いながら、ゆっくりと顔を上げた。
「……本当か?」
「嘘を言って、どうする? だから、お前が謝る必要は無いし、これからも話すなりクエストに誘うなりすれば良い」
今更、こんな事を言葉にする必要性を感じないが、何故か不安そうに呟いていたから、あえて彼の言葉を引用させてもらった。
すると彼は、今まで見たことが無いほどに穏やかな笑みを、俺に向けた。そんな彼の笑みに俺も釣られるように目を細めた。
「ライ殿、少し良いか?」
予想もしていなかったレイメイの声が近くで聞こえ、思わず肩をビクリと上下させた。
リュウも、驚いた表情を彼に向けている。
「全く……空気、読みなさいよ。この朴念仁」
〝今は、明らかに話しかけて良いタイミングじゃ無かったでしょう〟と、レイメイの横で呆れたように頭を抱えたメラニーが、吐き捨てるように呟いた。




