111話_掴むべき未来を
お互いに言いたい事を言えたお蔭か、レイメイとアンドレアスの表情には光が差していた。
未来に僅かながらも希望を見い出した者だけが得られる〝光〟。
進むべき道が少しずつ明瞭になっていくのは素直に良いことだと思う、思うが……一つだけ避けられない不安がある。
村を襲った奴が誰か分かった時、果たしてレイメイは今のような冷静さを保てるだろうか?
……恐らく、無理だろう。
その者と対峙した時、レイメイは最早、レイメイでは無くなる。
〝復讐〟に支配された鬼として相手に襲いかかるに違いない。
寧ろ、村を襲い、仲間を殺し、家族を殺した張本人を前にして、冷静でいられる方が、おかしい。
だが、俺は復讐心に身を任せた者の末路を嫌という程に、よく知っていた。
だからこそ、その時が来たら、俺は全力で彼を止める。
復讐を果たしたところで、その先に待っているのは一瞬の幸福と……永遠の虚無だ。
出口があるかどうかも分からない迷宮のような未来を歩ませるわけには、いかない。
(俺も出来る限り情報を集めよう。そして誰よりも早く〝全ての原因〟を見つけ出す。もう、これ以上、尊い犠牲を出さないために……っ!)
新たに自分がすべき事を発掘した俺は、使命感にも似た闘志を燃やしていた。
「あ、あの〜……」
皆の視線が一斉に、弱々しい声が聞こえた扉へと向けられた。
控えめに開けられた扉からは、気まずそうに視線を泳がせたリュウが、こちらを覗いていた。
「オレも話に混ざりたいなー、なんて思ってたんですけど……この様子だと、もう終わっちゃった感じ……ですね」
〝失礼しました〟と、虫の羽音のように、か細い声を最後に、リュウは扉を閉めた。
閉められた扉を呆然と見つめて数秒後、クスクスと小さな笑い声が聞こえ始めた。
改めてリュウ・フローレスという男は、シリアスが似合わないと再認識した瞬間だった。
「ワタシ、お腹が空いちゃったわぁ。ねぇ、ライ様もお腹、空いたでしょう?」
そう問いかけられ瞬間、それまで感じていなかった空腹感に襲われた。
くぅ、と控えめに腹の虫が訴えている。
────コン、コン。
「兄様、入ってもよろしいですか?」
扉の向こう側から聞こえてきたのはヒメカの声。
彼女が来ることが分かっていたかのように、メラニーが〝来た来た♡〟と、上機嫌に頬を緩ませながら呟いた。
「あぁ」
レイメイの返答と同時に、開けられた扉。
そこから現れたヒメカは、何故か調理用のエプロンを身に付けていた。
「お昼の用意が出来たので、呼びに来ました。良かったら皆さんも、いかがですか?」
ヒメカの誘いに、俺達は互いに顔を見合わせた。
「い、いや、しかし……」
「リュウさんも座って待ってますよ」
……遠慮というものは無いのか、あのピクシーには。
「あ、えと、リュウさんは、わ、私が無理やり誘ったんです! だから、えーと……リュウさんは悪くないんです!」
俺がリュウに向けた感情を察したのか、ヒメカは慌てて否定し始めた。
そんな風に言われたら、怒るに怒れないじゃないか。
ただ、例外が一名。レイメイの顔に不穏な影が出来ている。
怒っている。理由は分からないが、確かに怒っている。
俺の記憶の限り、レイメイとリュウは接するどころか、会話一つ交わしていなかった筈だが……
何も分からず首を傾げていると、右腕を覆う柔らかな感触に、思わず身体が強張った。
「さ、ライ様。行きましょう♡」
一応、踏ん張っているのにズルズルと引きずられていく。
女性らしい姿をしていても元は鬼蜘蛛。
下手をすれば、そこらの男よりも力は強い。
「あら、ライ様。なんだか足取りが重いわねぇ。もしかして、お腹が空き過ぎて歩く力も無いのかしらぁ? あ、そうだわ。折角、この姿になれたんだから、ワタシがライ様を抱えて……」
恐ろしい言葉を耳にした瞬間、俺は脱兎の如く脇目も振らずに外へ向かって駆け出した。




