110話_抱える者、寄り添う者
メラニーがペットを放っていた事で、彼女は勿論、レイメイにも俺達のやり取りは耳に入っていた。
それは、つまり……あの言葉も聞こえていたという事。
──……繋がりと言っても、ギルドのクエストを通じて知り合った程度の仲です。アンドレアス王子やローウェンさんの力になれるかと問われると……正直、はっきりと断定は出来ません。
本心で無かったとはいえ、鬼笛を託してくれた彼の気持ちを踏み躙るには充分だっただろう。
(まさか、〝鬼笛を返してもらいたい〟とか……そういう事か?)
いや、それなら会った時点で奪うことだって出来た筈だ。
況してや、気持ちを踏み躙った憎い相手を村に誘うなど……
「だが、話の前に、礼を言わせてほしい。ありがとう、ライ殿。胸に染み渡るような貴方の温かな心遣い、しかと受け取った。……やはり、拙者の目に狂いは無かったな」
「……は?」
何故? 何故、礼を?
しかも、知らぬ間に、何やら過大すぎる評価を得ているではないか。
もう、何が何だか分からなくなった俺は、軽く混乱していた。
きっと頭上では、ハテナ達によるダンスパーティーが催されている事だろう。
「混乱させて、どうするのよ。全く、これだから口下手さんは面倒なのよねぇ。やっぱりワタシが話すわぁ。貴方は大人しく口を閉じてて頂戴」
「………………」
鋭い眼光でメラニーを睨むレイメイだが、イマイチ迫力が足りない。
どれだけ無言の怒りを露わにしようとも、今の彼は、声では敵わないと悟った子どもの細やかな抵抗にしか見えない。
「さて、ワタシが話すとは言ったものの……何から話せば良いかしらねぇ? もう、この際、初めましての方もいるし、最初から話しちゃおうかしら。そうね、そうしましょう。でも、その前に場所を変えましょう。貴方の家で構わないわよね、レイメイ」
レイメイの返事を聞く前に、メラニーは俺達を家まで案内した。
鬼人の長として、それで良いのかレイメイ……
◇
家へ入り、案内されたのは長机と椅子が並べられた広い会議室のような部屋だった。
俺とアランとヒューマ、そしてアンドレアスとローウェンは、それぞれ隣り合った席に腰を下ろした。
ちなみにリュウは結局、子ども達からの手厚い歓迎から逃れられず、今もヒメカと共に彼らの相手をしている。
部屋の窓からは、そんな彼らの姿が見える。
「それじゃあ早速、始めましょうか」
そう言って彼女が語ったのは元々は彼女の縄張りだった場所にレイメイ達が足を踏み入れた時の事……つまり、ソウリュウ族の村が襲われた日の事だった。
その内容はクエストの時に牢屋でヒメカから聞いた話と殆ど同じ。
それからは俺とリュウがヒメカからの依頼で、この場所に来た事。
そして互いに和解し、誓約を結び、今では(一応)友好関係を築いているという現在の話まで。
彼女は簡潔に、だが、俺達の理解が及ぶ範囲で語ってくれた。
「と、まぁ、予備知識は、このくらいにして。貴方達を王都ではなく、この村に招いた理由だけど……この村の現状を、きちんと把握しておいて欲しいの。特に、アンドレアス王子。貴方には、絶対にソウリュウ族の現状を知っておいてほしいの」
「む、我か?」
アンドレアスが人差し指を自分に向けて問いかけるとメラニーは同意するように頷いた。
「貴方は信頼出来そうだし、本物の王子様に知ってもらえれば、後で何かと利よ……んんっ! ……心強いと思って」
メラニーの言葉にアンドレアスは照れたように笑った。
……彼の耳は、自分に都合の良い言葉しか通らないのか?
「そのように言って頂けるのは嬉しいが……そういう事ならば我ではなく父上を頼った方が、もっと心強いと思うぞ?」
「……息子である貴方の前で、こんな事を言うのは無礼だと存じてはいるが、今後のためにも、あえて言わせてもらう。申し訳ないが、拙者を含めたソウリュウ族は貴方の父親を信用していない」
真っ直ぐにアンドレアスを見つめながら、レイメイは言い切った。
そんな彼に対し、アンドレアスは嫌悪感を滲ませる事もなく、ただ真っ直ぐに彼を見つめ返す。
「……理由を聞いても?」
僅かに強張った声で問いかけるとレイメイは複雑そうな表情で視線を下に落とした。
「村が襲われる直前……貴方の父親はソウリュウの村に来ていた」
初めて聞いた情報にアンドレアスだけでなく俺達も見開いた目でレイメイを見つめた。
「これまで王様の使いと名乗る方々が村を訪れた事は何度もあったが、その日は何故か王様本人が数人の従者を引き連れて村へとやって来た。だが……長である父は、いつもと同じように彼らと王様を追い返した。父と王様が何を話していたのかは知らないが、王様が村を去る直前に放った言葉だけは、拙者を含めた多くの鬼人が、しっかりと聞いていた」
「……父は、何と?」
前のめりな姿勢で問い詰めたアンドレアスの額には、僅かに汗が流れている。
「〝必ず、その選択を後悔するぞ〟、そう言っていた。そして、その直後、ソウリュウ族の村は襲われた。……これが偶然だと思えるか?」
「……確かに偶然という曖昧なもので済ませられるものでは無いな」
「っ、王子!」
ローウェンが何か言いたげな表情でアンドレアスの名を呼んだが、そんな彼をアンドレアスは手で制した。
「だが、レイメイ殿。我の父、ブラン・ディ・フリードマンⅢ世は奇襲なんて小癪な真似をするような方では無い。父が貴殿の父上と何を話していたかは知らぬが、かつて父は、騎士道を貫かれた偉大な騎士だった。それは今も同じ。騎士道に則って正々堂々と戦いに赴く方なのだ! 会って、まだ碌に知らない相手の言葉など信じてもらえないかも知れないが、どうか……っ、どうか、この言葉だけは信じてほしい! 〝ソウリュウ族の村を襲い、滅ぼそうとしたのは父では無い〟!! これだけは我の命にかけて誓おう!」
立ち上がったアンドレアスは深々と頭を下げた。
そんな主の姿に言葉を失ったローウェンだったが、ハッと我に返ると慌てて頭を下げた。
「……ですって。さぁ、貴方は一体、どう返すのかしらぁ?」
茶化すようにメラニーがレイメイに詰め寄る。
そんな彼女を、あからさまに嫌な表情を浮かべながら振り払った。
「…………短い時間ではあったが、その短い時間の間に貴方の為人は、それなりに把握したつもりだ。だから貴方の言葉を信じたい、信じたいが……」
(心の奥に眠る〝疑惑〟が邪魔をして、心からは信用出来ない、か)
仲間を、父を、殺されているのだ。
一見、冷静に見えるが……俺には、分かった。
彼の鮮紅色の瞳が、復讐を誓った者が持つ〝憎悪〟を映している事を。
「……ならば、我の時間、我の人生、我の命。我の全てを懸けて、証明していくしかあるまいな! ソウリュウ族の村を襲った者の情報を集め、必ず捕らえると約束しよう!!」
「その村を襲った者が、もし……城の関係者だったら?」
レイメイの静かな問いに、アンドレアスは少し考える素ぶりを見せた後、意を決したように小さく頷いた。
「その時は、我の魂を持って償おう」
「お、王子……?!」
ローウェンが信じられないとばかりに声を震わせたが、アンドレアスは見向きもしない。
「無論、その程度で償えるもので無いことは重々承知している。だが、今の我が貴殿に捧げられるのは、このくらいしか無いのだ。我の魂を、どう扱うかは貴殿の好きに……っ、むぐ!」
それ以上は言わせないと、ローウェンがアンドレアスの口を塞いだ。
「王子! 貴方は、自分が何を言っているのか分かっているのですか?! 貴方は、王子ですよ?! いつかは王様の後を継ぐ者なのですよ?! その貴方が、そんな命を粗末にするような事を……」
ローウェンの言葉に、険しい表情を見せたアンドレアスは、自分の口を塞ぐ彼の手を思いきり引き剥がした。
「王も民も皆、命は平等に一つであり、同じ鼓動を刻んでいる。そもそも〝命〟というものは、身分で重さが変わるものでは無い。先ほどの言葉は撤回しろ、ローウェン」
「…………はい、申し訳御座いません」
レイメイが驚いたようにアンドレアスを見つめている。
彼の性格を粗方理解していた俺達は、ある意味、予想していた通りの彼の言葉に、自然と頬が緩んでいた。
「すまなかったな、レイメイ殿」
「い、いや。お蔭で、拙者の決心もついた。貴方の言葉を信じよう。王族の人間は信頼出来ないが……貴方なら、信じても良いと思える」
とある綿毛の花のように、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべたレイメイに釣られるように、アンドレアスも微笑んだ。
穏やかな空気に周囲も絆される中。
「……………………」
ローウェンだけはニコリとも笑わず、何やら思案するような顔で、机に視線を落としていた。




