103話_濡れた銃弾
ロットが銃を手入れする様子を、俺は終始、眺めていた。
その間、互いに言葉は無い。
騒々しい周囲とは裏腹に、俺とロットによって作られた、この空間だけは穏やかな時間が流れていた。
手入れ道具を床に置く音。名前の分からない部品を取り出す音。そんな細々とした音でさえ心地良いと感じ始めた頃、銃の手入れが終わった。
何かを確認するように銃を構える彼の姿が、前世の彼の姿と見事に重なった。
特に問題は無かったのか、銃を壁に立て掛けると、手入れに使っていた道具を片付け始めた。本音を言えば、もう少しだけ、この空間に居座りたかったが、それは叶わぬ夢らしい。
彼へと向けていた意識を逸らすと、待ってましたとばかりに喉が渇きを訴えた。
水を貰に行くために、立ち上がろうとした瞬間。それを阻止するように、控えめながらも、しっかりと腕を掴まれた。
予想外の衝撃に思わず身体がふらついたが、なんとか倒れずに済んだ。
「……どうした?」
腕を掴んだ張本人に、軽く首を傾げながら問いかける。そんな俺の反応に対し、彼は、何か確信を得たような表情を見せ、立ち上がる。
腕を掴む手の力が強まり、軽く引っ張られた。
(……ついて来い、という事か?)
試しに、引っ張られた方へ一歩だけ踏み出すと、彼は、そのまま歩き出した。……どうやら、俺の解釈は間違っていなかったようだ。
俺は、ロットに導かれるままに、部屋を後にした。
静かに部屋を出た俺達の背中を、懐かしむように少しだけ顔を綻ばせたメラニーが見送っていたとも知らずに。
◇
辿り着いたのは、俺が寝泊まりする事になっている客室用の部屋へと続く扉……ではなく、その隣にある〝Rott〟と刻まれた木製のプレートが吊り下げられた扉の前。
ようやく離された手は、ドアノブへと伸びた。
「………………」
開けた扉を支えたまま、ロットは俺を見つめている。
(……〝早く、中に入れ〟だな)
言葉は無くとも、彼の行動から、なんとなく自分に伝えたい事が分かる。
まぁ、当然か。
彼とは、これが初対面では無いのだから。
ロットの部屋は、子どもの部屋とは思えないほどに綺麗に片付けられていた。
何より、本棚に並べられた本、机の上に置かれた書類にペンも。全てが、明らかに幼い子どもが持つような物では無かった。
下手をすると、俺よりも精神的な年齢が高いかも知れない。
部屋を見渡しながら、そんな事を考えているとパタンと扉が閉まる音がした。
振り返ると、何か言いたげな表情で、こちらを見つめるロットと目が合った。
視線が合ったかと思えば逸らされ、また合ったかと思えば逸らされ……そんなやり取りが繰り返されていく内に、俺は、ある一つの可能性に行き着いた。
もしや、彼にも記憶があるのではないか、と。
俺が誰なのか……なんとなく分かってはいるものの、絶対的な確信までには至らないために、〝あと一歩〟を踏み出せないでいるのではないか、と。
……もし、そうならば、俺から歩み寄ってやればいい。
「一つ、質問しても良いか?」
もしかしたら、この考え自体、俺の見当違いかも知れないが、それならそれで適当に誤魔化せば良いだけの話。
ロットが頷いたのを確認すると、俺は人間のライではなく、魔王のライとして彼に問いかけた。
「ロット・ナイバァ……いや、無限なる銃弾。〝俺〟を憶えているか?」
その瞬間、彼は顔を歪ませ、その場で跪いた。
「……っ、はい。再び、お会い出来て嬉しいです。我が魔王──ライ・サナタス様」
あの時とは違う、声変わりする前の少年のような声を震わせた彼は、小さな嗚咽を漏らしながら床を濡らした。




