101話_逗留
意味深な視線を向けるメラニーに、俺は何も言えなかった。
この世界に来て、〝魔王だった頃に戻りたい〟なんて1度も思った事はない。
そもそも必要無いのだ、この世界には。
しかし、彼女は違う。彼女は、あくまで俺を〝魔王〟として見ていたいらしい。
実は今、この場に、俺を殺した勇者がいると知れば、彼女は容赦なく彼を殺すだろう。
幸いにも、彼女は、俺の最期を見ていない。俺が……勇者に殺される瞬間を見ていない。
だから、グレイのように名前で勘付くことは無い。
「あっはっは!! いいね、いいねぇ! アンタみたいに、一直線に駆け抜けたような清々しい恋をしてる子を見ると、応援したくなっちまうんだ。頑張るんだよ!」
「あら、ありがとう。貴女、見た目は怖いけど良い鬼人ね」
応援してくれているにも関わらず、鋭利なナイフの如き切れ味で、メラニーは、ズバッと言い放った。
分かってて言ってるのか、そうでないのか……寧ろ、こうやって俺が悩んでいるのも計算の内なのではと疑ってしまうほどに、彼女は分かり難い。
思い返せば、主にロゼッタが、彼女の、どこか心がねじ曲がっているような性格(自覚しているかは不明)の餌食になっていた。
よく飽きないなと逆に感心してしまうほどに、絶えない喧嘩。
喧嘩をする2人の間に、挟まれていた俺は、よく憶えている。
「……あら?」
唐突に、メラニーが視線の向き先を変える。
訝しげな彼女の瞳に映ったのは、ロットだった。彼女に目線を向けられた彼は、戸惑ったように視線を泳がせた後、滑るように後退し、アザミの後ろに隠れた。
「おやおや、お姉さんが、あまりにも美人だから照れてるのかい?」
自分の後ろに隠れたロット見て、彼女は笑いながら、そう言った。
(……記憶は無くとも、本能で感じ取っているんだろうな)
妖艶ながらも、どこか冷たい瞳の奥に眠る、彼女の本性に。
◇
俺が、再び窓の外を見た時には、この世界を覆い尽くしていた真夏の海のような青い空は、いつの間にか茜色に変わっていた。
「そろそろ、お暇しましょうか」
ローウェンの提案に、皆が異論無く頷く。
お世話になりましたとアザミ達に頭を下げようとしたら、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「え、今から帰るのかい? 今から王都まで帰ろうってなると、途中で夜になるよ。アンタ達さえ良ければ、今日は泊まっていきな」
「い、いえ……流石に、そこまでお世話になるわけには……」
予想外なアザミの提案に、流石のローウェンも狼狽えている。
「同盟まで結んどいて、今更、何を言ってんだい。碌な持て成しも出来なかったんだ。寝床くらい提供させておくれ。それに、村や竜の腰掛けの置かれた場所を案内したいと思ってるんだ。まぁ、どうしても急ぐというなら無理は言わないけど……」
ローウェンは、アンドレアスを見た。後は、彼の判断に任せることにしたらしい。
「……アザミ殿の迷惑で無ければ」
「迷惑? そんなもん1ミリも持っちゃいないよ。ねぇ、アンタ?」
アザミの問いかけに、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたドモンは、その顔を歪ませることも無く、すんなりと頷いた。
「少し狭いけど、客用の部屋があるしね。何も無い村だけど、ゆっくりしていってね。あぁ、勿論、メラニーさんとレイメイ君も」
優しい夫婦の温かな提案により、俺達は、アザミの家で一夜を過ごす事になった。




