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12話_空から人が落ちてくると、たいてい何か起こる

 まさか、この歳になって昔話を読むことになるとは思わなかった。


「ライ、これが昨日言ってた絵本だよ」


 アランから手渡された絵本を見る。

 『伝説の勇者の物語』──子供向けの絵本にしては渋い文字で書かれたタイトルに屈強そうな男が剣を天に掲げる何処か神々しい表紙絵。

 アランには悪いが、この本には惹かれるどころか、破り捨ててしまいたい衝動に駆られる。


「……読んでもいいですか?」


 アランから許可を貰い、俺はページを捲る。

 物語の内容は、悪い意味で俺の想像通りだった。

 主人公の勇者が世界制服を企む魔王を倒すために旅をしながら仲間を集め、最終的に魔王を倒して世界は平和になりました。めでたしめでたし。

 王道と言われてしまえば、それまでの話だ。


「アランは、この絵本の勇者と同じような事をしたいんですか?」


 旅をしたり、その旅先で仲間を見つけたり……魔王を倒したり。

 この絵本のような勇者になりたいというのは、そういう事だろう。

 至った結論に、思わず身体が震えた。


「そりゃあ、まぁ、この絵本の勇者と同じ事が出来るのが1番の理想だけど。実際、魔王なんていないし、旅は勇者にならなくても出来るし、仲間集めなんて王都や街にあるギルドに行けばそれなりに集まるだろうし……」


 言葉を紡けば紡ぐほど現実を突きつけられていく反動なのか、アランは少しずつ項垂れていった。


「平和なのは良い事じゃありませんか」


(なんて……前の世界で平和を壊した張本人が言える台詞じゃないけどな)


 自虐的な思考に、自嘲するような笑みを浮かべた。


「それは、そうだけど……」


 不満そうに呟くアランには申し訳ないが、この先、勇者が活躍する時なんて来ない。

 そもそも前の世界だって魔王()がいなければ世界は平和だった。今更、また魔王になって世界を壊そうなんて思っていない。

 だから、これから先、救世主(勇者)の存在なんて必要ないのだ。


「どうしても絵本の勇者と同じ道を歩みたいと言うのなら……魔王でも現れない限り、無理でしょうね」


 数秒考えたが結局良い案が思い付かず、適当に思いついた事を言う。


「ははっ! そうだね」


 そんな俺の言葉に、アランは笑って同意した。


「ライ、ちょっといいかしら?」


 突然、開いた扉から母が顔を出した。


「アラン君が来ているところ申し訳ないんだけど、お使いに行ってくれないかしら? 今、ちょっと手が離せないのよ」


「え、でも……」


 俺が言い切る前に、アランが立ち上がった。


「あ、大丈夫ですよ、マリアさん。僕、もう帰りますから」


「お邪魔しちゃって、ごめんなさいね。アラン君」


「いえ……」


 じゃあと部屋を出るアランを見送るために、俺は彼の後を追った。


「すみません。中途半端になってしまって……」


「ううん、大丈夫」


「では、また明日」


 そう言うと、ドアノブまで伸びていたアランの手がピタリと止まる。


「……アラン?」


「……あ、うん。また、明日」


 その日の最後に聞いた彼の声は、まるで何かを惜しむように少しだけ掠れて聞こえた。


 ◇


 母から頼まれたお使いを終え、後は家までまっすぐ帰るだけだ。

 見上げると、空は完全に茜色に染まっている。

 しかし、俺が注視したのは空の色ではなく、空にある〝何か〟だった。

 しかも、その〝何か〟が此方に近付いてきているような気がす……いや、気がするどころでは無い!

 黒い布やらフードやらで遠目では分からなかったが、人が。しかも2人。

 俺がいる方向に目掛けてて、落ちて来ているのが遠目からでも分かった。


風の絨毯(ウインド・カーペット)!!」


 避けても避けなくても残酷な未来しか見えない、この状況で俺は迷いなく詠唱を唱えた。

 恐らく、今まで人生の中で最速記録だ。お蔭で衝突する事も、落ちてきた黒い達磨(だるま)みたいな奴らの身体が地面に叩きつけられる事も無かった。  風の流れに乗るようにフワフワと小さく浮き沈みを繰り返しながら黒い達磨が、ゆっくりと降下していく。

 何故、あんな所から落ちてきたのか。そもそも、この二人は何者なのか。そもそものそもそも、これだけの広大な土地を下にしておいて何故ピンポイントに俺のいる場所一直線に落ちてきたのか。

 聞きたい事は山ほどあったが、それよりまずは安否確認をしなければ。

 思っていたよりも背丈の低い黒い達磨達の元へ駆け寄った、その時。


「ぐはぁ゛?!!」


 あろう事か、二体の黒い達磨は何の予告も無く、俺の腹に容赦の無い攻撃を食らわせてきた。

 小さいながらも強烈を威力を持った衝撃を躱す事も受け止める事も出来ず、そのまま倒れ込んでしまった。

 助けてやったのに、この仕打ち。さすがの俺も限界だ。


「そうかそうか。誰かは知らんが、俺に喧嘩を売り来たというならば喜んで……は?」


 先ほどのタックルの衝撃でフードが落ちたのか今まで見えなかった黒達磨ではなく、少女達の顔がはっきりと見えた。

 白くて長い髪、闇に溶けそうな濃い紫の瞳、しかも、どっちも同じ顔。

 え、あれ、これは所謂、デジャブという奴か?

 少女達は俺の顔を見た途端、何故か顔を綻ばせた。


「「魔王様!!」」


「ぐ……っ!」


 先ほどよりはいくらか威力が弱いとはいえ二人分の衝撃は、そこそこ強い。


「やっと、見つけた」


「やっと、逢えた」


 まさか彼女達との出会いが俺の休まらない日々の幕開けとなるとは、この時の俺は知る(よし)も無かった。

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