99話_再会と変化
外から、チチチッと小鳥の囀りが聞こえる。
普段なら気にも留めない音が鼓膜を刺激するほどに、この空間は静寂に満ちていた。
俺を除いた全員の視線が下へ……正確には、俺の足元辺りへ向けられている。
聞こえるはずのない声が聞こえてから、20秒ほど経過しただろうか?
(……いっそのこと、瞬間移動で逃げてしまおうか)
かつて魔王を名乗っていたとは思えない、実に情けない選択だが、このくらいの弱音は大目に見てほしい。
正直、期待はしていないが〝もしかして……〟と微かな希望を胸に、元凶を見た。
明らかに不自然な方向へと向けられた目。
そして、フーフーと態とらしい口笛(しかも、吹けていない)。
なんとなく予想はしていたが、あからさまに責任転嫁を狙っていると瞬時に理解した。
彼女が女性で無かったら、容赦なく殴っていただろう。
「……ライ殿?」
こうしている間にも、時間はしっかりと進んでいる事を、レイメイの呼びかけで思い出した。
〝そっちから呼んでおいて無反応とはどういう事だ〟というレイメイの心の声が聞こえたような気がして、とりあえず彼の方へと視線を向けた。
「お、お久しぶりですね。レイメイさん」
自分でも不自然だと分かるほどに深い笑みを浮かべた俺に、レイメイは女なら誰でも見惚れるような笑みで返した。
男である俺も、少し胸が高鳴った。
……今の発言だと変な勘違いをされかねないので、念のために言っておくが、この胸の高鳴りは、ときめきによるものでは無く、罪悪感と焦りによるものだからな。
なんて……誰に対してなのかも分からない言い訳を並べてしまう程に、俺は、この状況に動揺しているらしい。
だが、考えてもみてくれ。
従者のような片膝立ちの姿勢で見上げる彼を見て、正直に言えるか?
本来ならば、もっと真面目な場面で使う筈であろう鬼笛を〝好奇心な鬼の要望に応えるために吹きました〟なんて、言えるか?
「ちょっと、ライ様ぁ。そこの朴念仁ばかり構ってないで、そろそろアタシの方も見てぇ?」
爽やかな自然よりも真夜中のバーを背景にした方がしっくりくる声に、俺は、とうとう顔を青ざめた。
(まさか、アイツも……?)
その声は、真上から聞こえてきた。
ここは家の中なのだから当然、真上には天井しかない。つまり、声の主は天井にいる。
ヒクリと喉を鳴らし、ゆっくりと顔を上げると、淫らに笑う女と目が合った。
はっきり言って、ホラー以外の何者でもない。
しかも浮いているのではなく、女は天井に張り付いており、カールされたアッシュブラウンの髪を垂らしたまま、こちらを見つめているものだから余計に怖さが増している。
ヒッと、窒息寸前のような声が、誰かの口から漏れた。
「……少し見ない間に随分と人間らしくなったな、メラニー」
「あらやだ。流石、ライ様。もうバレちゃった」
バレたも何も、俺の名前を言った時点で既に答えを言っているようなものではないか。
そう言い返せば、彼女は何故か嬉しそうに笑って、予告も無しに張り付いていた天井から手と足を離した。
もう彼女の身体は天井には触れていない。だから、自然の法則に従えば、彼女は重力によって下へと落ちてくる。
彼女の真下には、俺がいる。
だから、このまま落ちてくれば当然……
「のゎっ?!」
俺は、彼女の下敷きになる。というか、なった。
「あぁ、ライ様! 会いたかったわぁ♡」
俺の上に容赦なく落ちてきた彼女は、そのまま俺を組み敷いたまま力任せに抱きついた。
人間のような見た目をしていても力は健在のようでギリギリと骨が悲鳴を上げている上に、顔を覆い隠す弾力のあるモノのせいで非常に息苦しい。
「う、羨ましい……」
こんな状態でも聴覚だけは、しっかりと役割を果たしていた。
とりあえず、俺の心境も知らずに〝羨ましい〟などと場違いにも程がある言葉をぬかした奴、後で殴る。絶対、殴る。
恨みを込めて心の中で言い放つと、突然、メラニーが俺から離れた。
ようやく満足に呼吸が出来るとホッとしていると、不満そうに頬を膨らませたメラニーの腕を掴んだレイメイが、彼女を睨んでいた。
「いい加減にしろ」
「……これだから空気の読めない男は嫌なのよ。今は、アタシとライ様の逢瀬の時間よ。邪魔しないで頂戴」
「こんな堂々とした逢瀬が、あってたまるか」
全ては俺が鬼笛を吹いたことが悪いが、他人の家に勝手に侵入してきた上に周囲の者達を放置して2人で盛り上がるのは止めてくれ。
それから、いつの間に、そんな口喧嘩をするほど仲良くなったんだ?
「何よ、そんなに必死になっちゃって。もしかして嫉妬? 残念だけどアタシ、貴方には、これっぽっちも興味ないから」
「安心しろ。拙者も貴様への興味など微塵も無い」
「え、それじゃあ……まさか、ライ様狙い?! 駄目よ! いくら誓約を交わしたからって、それだけは誓約を破ってでも阻止するわ!」
メラニーの見当違いな言葉にレイメイは、とうとう口を閉ざした。
気持ちは分かるが、そのタイミングで無言になると彼女のことだから〝無言の肯定〟と受け取って、余計にややこしい事になるぞ。
「うう゛んっ!!!」
突如、響いた凄まじい咳払いが、メラニーの口を封じた。
「人の家に不法侵入した挙句、痴話喧嘩……最近の若者は、満足に人の家も上がる事も、挨拶も出来ないのかい?」
ザワザワと禍々しいオーラを放った本物の鬼は仁王立ちして、感情の見られない機械的な笑みを浮かべていた。
[新たな登場人物(追加編)]
◎メラニー(人間ver)
・アッシュブラウンの長い髪。毛先がカールされている。
・見た目は20代後半の女性。引き締まるべきところは引き締まり、出るべきところは出ている、所謂、ダイナマイトボディ。
・何故、鬼蜘蛛であるはずの彼女が人間として登場したのか。また服装等の情報に関しては、次回にて……




