94話_鬼人の目にも涙
8/23、〝トキワ・ソウリュウ〟に関する情報を〝あとがき〟にて追記しました。
突然、様子が変わった彼女に動揺しながらも、ここは下手に隠すより正直に話した方が得策だと考えた俺は、嘘偽りの無い真実を伝えた。
「この鬼笛は、依頼先で出会ったソウリュウ族の長……レイメイさんから託されました」
俺の言葉に、彼女は内なる怒りを眉の辺りに這わせた。
「これはまた、アタシも随分と見くびられたもんだねぇ。いくら互いに離れた場所で暮らしてるからって、互いの長さえ把握出来ていないほど、アタシ達の繋がりは薄っぺらいとでも思ったのかい? ……残念だったね。確かに、最近は互いの部族に赴く機会は減っちまってるが、それでも互いの長を把握出来てないほど疎遠ってわけでも無いのさ」
話が予想外な方向に向かって前進していると嫌でも分かる。
とこかで修正しなくては、取り返しのつかない事に……
「ソウリュウ族の長の名は、トキワ・ソウリュウ。アンタが言った名前は、彼の息子だ。惜しい所まではいっていたが、詰めが甘かったね」
そう言うと、彼女はコキッと手の骨を鳴らした。
完全に戦闘態勢に移行しようとしている。
しかし、焦りを感じる中でも意外と冷静だったようで、俺の中では僅かな違和感が芽生え始めていた。
(……どういう事だ?)
違和感を覚えたのは、彼女の反応だ。
まるで、ソウリュウ族の村が今でも健在しているかのような口振りだ。
だが、ソウリュウ族は村を襲撃され、数少ない生き残りが、今はメラニーの縄張りだった森の一部で暮らしている。
この事実を知っていれば、このような言葉は出てこない筈だ。
(まさか……知らないのか?)
ソウリュウの村で何があったのか。彼らが今、どのような状況なのか。
それらの情報を、彼女は、まだ把握していないのでは?
俺は恐る恐る、彼女に問いかけた。
「あの……レイメイさんから、何も聞いてないんですか?」
「聞くって、何をだい? 少なくとも、鬼笛が盗まれたなんて話は聞いちゃいないよ」
これで、疑惑が確信に変わった。
彼女は、何も知らないのだ。
それどころか俺自身、あらぬ疑いをかけられている。
……ここは、真実を伝えるべきだろう。
この話を聞いた彼女の反応が不安で仕方がなかったが、俺は真実を伝える事にした。
「……約一ヶ月前、ソウリュウ族の村は何者かに襲撃されました。結果、村にいたほとんどの鬼人が命を落とし、現在は鬼蜘蛛の縄張りである森で生活しています」
出来るだけ、あまり時間をかけて話したくない内容に思わず矢継ぎ早に言葉を紡ぐと、とうとう彼女は拳を作って狙いを定めるように、ゆっくりと、その拳を上げた。
荒い鼻息を発した彼女からは、爆発寸前の爆弾のような怒りを感じる。
彼女の怒りは尤もだ。
突然やって来た男に多くの仲間が殺されたなんて話をされれば、信じるどころか怒りを売りにきた不届き者だと思われても仕方がない。
……この拳を受けてしまったら、骨折で済むだろうか? なんて、戦意喪失した戦士のように覇気のない瞳で、振り上げられた拳を見つめていた。
「ま、待って、お母さん!! 彼の話は、本当よ!」
そんな彼女に待ったの声をかけたのは、リンだった。
アザミは、俺に向けていた視線をゆっくりと彼女に向けた。
「私も、彼から話を聞いた時は正直、半信半疑だった。でも、その後、自分で調べたら、彼の話は事実だった。今でも信じられないけど、ソウリュウ族の村は……」
それ以上、リンが口を開くことは無かったが、その先に続くはずだった言葉は、この場にいる全員、分かっていた。
「そ、んな……」
怒りに支配されていたアザミが、リンの言葉により初めて動揺を見せた。
他の誰でもない、自分の娘の口から吐かれた言葉を前にしては、さすがの彼女も否定する事は出来なかったようだ。
「……全部、本当なのかい?」
これが最後の確認だとばかりに、彼女はリンではなく、俺に問いかけた。
ここで首を横に振れたら、どれだけ良かったか……
だが、そんな想いとは裏腹に、俺は肯定の意を込めて頷いた。
その瞬間、彼女は、目を悲しみの色に染め、クシャリと顔を歪ませた。
「そうか……そうだったのかい……トキワは…………死んじまったのかい……」
ポツリと呟くような声と共に閉じられた彼女の目からは、一筋の涙が零れ落ちた。
[新たな登場人物]
◎トキワ・ソウリュウ
・ソウリュウ族の〝元〟長。若い頃の姿が、レイメイと瓜二つ。
・レイメイとヒメカの父親。
・謎の人物による村への襲撃にて、命を落とした。
・アザミとは、なんだか深い関係にあったようだが……?




