93話_静かな逆鱗
アザミに見下ろされながら、アンドレアスは、この村を訪れる事となった経緯を語り始めた。
彼が語り続けている間、俺は彼女から、ひと時も目を離さなかった。
これまで見る限り、アザミ・セイリュウという鬼人は1度交えた約束を違えるようなことをする性格では無い。
だから、アンドレアスが話をしている間は、安全だと考えて問題は無いだろう。
ただ、問題は彼が話し終えた後だ。
約束を違えない真面目な性格。
そんな彼女だからこそ、自分から宣言した事は必ず実行するだろう。
彼の話を聞いて彼女が機嫌を損ねるような事があれば、その時は予告通り、容赦なく襲いかかってくる。
そう確信しているからこそ、俺は常に彼女を警戒し、いつでも結界を張って彼を守れるように構えている。
「……と、いう事で我々は、この村に来た。これが、我々が現在までに至った経緯と、我の口から語れる全てだ」
アンドレアスの話が終わった。
彼が話した内容は、偽りなく、俺達がこれまで歩んできた過程そのものだった。
彼女は宣言通り、アンドレアスの話を遮るような事はせず、最後まで黙って聞いていた。
彼の話が終わったと分かっても、彼女が襲いかかる様子は無く、何かを思案するような表情で腕を組んだ。
「成る程ねぇ。アンタの気持ちは、よく分かった。だけどね、アンドレアス王子……アンタは肝心なものが見えちゃいない。そもそも何故、アンタの父親がアタシ達とやけにコンタクトを取りたがるのか……アンタには、その理由が分かるかい?」
「それは鬼人と交友関係を築き、竜の腰掛けの管理権を取得したいから……であろう?」
アンドレアスの返答に、彼女はどこか納得したような、そして少し落胆したような表情で肩を竦めた。
「まぁ、表向きな答えとしては、その通りだ。その通りだが……それだけの答えじゃあ、満点はあげられないねぇ」
「それはつまり、他に何か目的がある……と?」
アンドレアスの言葉に、彼女の表情が少しだけ和らいだ。
「決して鈍感なわけでは無い。況してや、頭が悪いわけでも無い。ただ……アンタには、人としても王子としても、致命的な欠点があるようだ」
「……欠点?」
言葉の一部を復唱したアンドレアスに、彼女は肯定するように頷いた。
「無意識か否かは分からないが、アンタ、他人の美点しか見てないだろう? しかも、どんなに悪名高い者を目の前にしても、そいつの微粒子程度の美点ですら見つけ出して、そこで評価しちまう程の重症っぷりと見た。卑しい邪念が蔓延る王宮貴族の中で育った割には、実に珍しい性格の歪み方だ。……今回、アンタに同行してくれてる彼らの中にも、既にアンタの欠点に気付いている者もいるだろうよ」
確かに……短い付き合いながら、彼の性格に関しては既に危惧している部分がある。
俺が、そう感じているのだ。
彼と最も付き合いの長いローウェンは尚更、気付いていた筈だ。
案の定、ローウェンは何か心当たりでもあるかのように僅かに視線を落とした。
「何も知らない若き王子に、オバさんが特別に教えてあげよう。いいかい? 王様は、鬼人と仲良くしようなんざ本当は、これっぽっちも思っちゃいない。寧ろ、アタシらを頭のネジが外れた戦闘狂としか見ていないだろうよ。それでも、まぁ、強ち間違っちゃいないが……」
複雑そうに顔を歪ませ、彼女は言葉を続けた。
「だけどね、さすがのアタシ達も理性の箍までは外しちゃいない。戦う時だって事前に戦略は練るし、アンタ達と一緒で悩みもする。すぐに手や足を出す連中もいるが、納得さえすれば素直に従うし、協力もする。鬼人ってのは、そういう生き物なのさ。どこの誰が広めたのかは知らんが、最近、アタシ達を本能のままに襲う獣か何かと勘違いする輩が増えてきた。アタシ達だって、人間と同じ言葉を話す口もあるし、相手の話を聞く耳だって持っているのにねぇ……」
どこか悲しそうに言葉を紡ぐ彼女に、思わず聞き入ってしまった。
前世を含めれば、俺もそれなりに鬼人と親交があった。
時には衝突し、時には共闘し……変わった奴もいたが、少なくとも、俺が関わってきた鬼人達は皆、そこらの人間よりも優しかった。
彼らは、故郷に帰れと何度言っても聞かず、最期まで魔王軍の一員として戦いに身を投じてくれた。
そして不思議な事に、今世でもレイメイやヒメカという鬼人に出会い、今もこうして、アザミと出会っている。
もしかしたら、目には見えない〝縁〟のようなもので、俺と鬼人は繋がっているのかも知れない。
そう思い始めたら、唐突に、賭けてみたくなった。
何の根拠も無い〝縁〟に、賭けてみたくなった。
もしかしたら、冷酷な言葉で一蹴されてしまうかも知れない。
しかし、それでも……少しでも、前世のように彼らと寄り添える事が出来るならば。
本来なら、今回の件においては介入させるつもりは無かったレイメイ達に謝罪するように目を閉じると、俺は、今までずっと、ネックレスのように首に掛けていた紐を手に取った。
取った紐には、レイメイから貰った鬼笛を通していた。
鬼笛を貰ったあの日から、笛の装飾部分に上手く紐を通し、ネックレス状にして肌身離さず持ち歩いていたのだ。
その笛を見た瞬間、アザミの表情が大きく崩れた。
「まさか……その笛は……っ?!」
アザミは一瞬で距離を詰め、俺の手にある鬼笛を凝視した。
「ソウリュウ一族を示す群青色に、竜を模した装飾……間違いない、本物の鬼笛だ。アンタ……この笛を一体、どこで手に入れた?」
その声は、俺を疑うような冷ややかなものだった。




