11話_予兆
※序盤の方に、少し残酷な描写があります。
※最初の方だけ、謎の第三者視点です。
小さい頃から、この目が嫌いだった。
この目のせいで、友達が出来なかった。
この目のせいで、虐められた。
この目のせいで、両親は私達を見てくれなかった。
〝紫〟は不吉の象徴だからって、私達は目を潰された。
止めてって叫んでも、誰も止めてくれなかった。
痛いって叫んでも、誰も助けてくれなかった。
私達に酷い事をした、みんなが嫌いだ。
私達を苦しめた、みんなが嫌いだ。消えてしまえ…消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ!!!!
そう願い続けていたら、ある日、神様が現れた。
神様は、みんな、消してくれた。
私達の目を元に戻してくれた。
久しぶりに見た世界は、とても綺麗だった。
もう一生見る事が出来ないと思っていた、お互いの顔も見ることが出来た。
神様は戻った私達の目を見て、綺麗だと言ってくれた。
そんな事、今まで言われたこと無かったから、すごく嬉しかった。
神様に御礼を言ったら、〝俺は神様なんかじゃない〟と首を横に振りながら、そう言った。
〝じゃあ……アナタは誰なの?〟、そう聞いたら困ったように笑いながら、こう言った。
この世界を壊しにきたーー魔王だ、と……
はっきりとそう言った神……魔王様の表情は、とても悲しそうだった。
その日から、魔王様は、私達の、私達だけの神様になった。
勿論、今でも………魔王様は、私達の神様だ。
私達は、ずっとこの日が来るのを待っていた。毎日毎日、未来を見続けて、そして、ようやく魔王様に会える未来を見つけた。
あぁ、やっと……
────貴方に逢える。
◇
「ふぁ……」
「昨日、眠れなかったの?」
欠伸をした俺を見て、アランが苦笑した。ちなみに、俺の膝にはスカーレットがいる。
翌日、早速、俺はアランにスカーレットを紹介した。
俺の予想通り、とても驚いていた。ちなみに、紹介して彼が発声した第一声が、これだ。
「え?! それ、クッションじゃなかったの?!」
(まぁ、クッションだと思っていたものが実はスライムだったなんて、誰も予想出来ないだろうが……)
スカーレットの話はこの辺で終わりにして、本題に戻ろう。
「実は昨日、変な夢を……いや、あれはある意味、怖い夢と言っても良いかも知れません」
「怖い夢?」
今まで夢を見る事は多々あった。見た夢のほとんどは、自分が殺される夢だった。
後者の言葉は置いておくとして、目が覚めてしまえば夢の内容は朧げで、数分経てば夢を見た事すら忘れてしまっていた。
ただ、今回は例外だった。目が覚めてから今も、夢の内容を鮮明に憶えている。
そこは、村だった。
家々は廃れ、田や畑も正常に機能していない、荒れ果てた村だった。
村の中をあても無く進んで行くと、2人の少女が蹲っていた。俺は急いで少女達の元へと駆け寄った。
「大丈夫か……っ!?」
1人の少女の肩に触れようとした瞬間、ガシッと少女が俺の腕を掴んだ。
俺は思わず、少女の手を引き剥がそうとしてしまったが、少女が掴んでいるとは思えないほど強い力で掴まれ、引き剥がす事が出来なかった。
「……もうすぐなの」
少女が口を開いた。
「そう……もうすぐなの」
今まで微動だにしなかった、もう1人の少女も口を開いた。
「……何が、もうすぐなんだ?」
2人の少女の言葉に、俺は思わず問いかけていた。すると突然、2人の少女が一斉に俺の方を見た。その時、初めての少女達の顔が見えた。双子なのか、2人共、同じ顔だった。
アメジストのように澄んだ紫の瞳を俺に向けた少女は、同じタイミングで口を開いた。
「「もうすぐ、貴方に逢える」」
その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は現実へと引き戻された。
「何というか……不思議なような怖いような……変な夢だね」
俺の話を一通り聞いたアランは、どう反応したらいいか分からないといった表情で言った。
「そうですね。何か、悪い事の前触れで無ければ良いのですが……」
膝で大人しくしているスカーレットをつつきながら、俺は夢で出会った少女達の姿を思い浮かべていた。
彼女達を見た時、何故か懐かしいと感じていた。
双子、紫の瞳、生糸のように艶のある白い髪。
これだけ中々に珍しい容姿が備わっているのだから一度会っていれば、そう簡単には忘れないだろうが、俺が彼女達と会った記憶は無い……と、いう事は。
(……前世で、会った事がある?)
前世なら今よりももっと多数の人種と出会う機会はあった。
その中の1人……いや、2人として会っていたという方が、まだ可能性がある。
あくまで可能性なので、保留という形で留めておく。
「あ、あのさ……」
とりあえず思考にオチがついたところで、アランが何か迷ったような表情で声をかけてきた。
「その……ライは将来の夢とか、ある?」
突然の話題に、俺は少しだけ状況整理という名の無言タイムを貫いていた。
アランの様子を見る限り、ふざけているようには見えない。
ここは、真面目に答えた方が良さそうだ。
「そうですね……具体的には、まだ考えていませんが最近、魔法に興味があるので、その道に進めたら……とは思いますよ」
正直、魔王以外なら何でもいいというのが本音だが魔法使いに興味が出ているのも本音だった。
先日、アルステッドから貰った封筒に入っていた1枚の白紙の紙。そう、白紙だったのだ。
何度も見たが文字1つ書かれていない、驚きの白さを持つ紙だった。
冗談だったのかと初めは思ったが、紙から微かに感じる魔力に、この紙には何か仕掛けが施されているのだと気付いた。
『もし、君が少しでも魔法に興味があるなら12歳になった時……この封筒を持って王都まで来ると良い』
俺が12歳になった時、もしくは、王都にこの封筒を持って行った時……この白紙が、本来の姿を取り戻すのだろう。
そう言えば、まだ母に、この事を話していなかった。
「魔法か……そういえば、前も似たような事を言ってたね」
「……アランには、将来の夢があるんですか?」
何かを噛みしめるように、そう吐かれたアランの言葉に違和感を覚えながら、俺はアランにも同じ質問をした。
「え?! あ、えっと、まぁ、あると言ったらあるし無いと言ったら無いような……」
「どっちなんですか」
はっきりしないアランに、俺がジトリと冷ややかな視線を送るとアランはうっ、と言葉を詰まらせた。
「……………笑わない?」
「笑うような夢なんですか?」
俺の問いに、アランはゆっくりと首を左右に振る。
「なら、良いじゃないですか」
そう言うと、アランは意を決したような表情を見せた。
「…………僕、勇者になりたいんだ」
その瞬間、気付いた時には俺は膝にいたスカーレットに顔を埋めていた。
「だ、大丈夫?!」
俺の突然の奇行に、アランは慌て始める。
「えぇ、大丈夫です。ただ少し驚いただけです」
驚きもクソもあるか。
既に本来、進むべき真っ当な道を迷い無く進んでいってるじゃないか!!
スカーレットの冷たく、感触の良い身体が無かったら発狂していたことだろう。
「確かに、勇者は需要無いし、やる事と言っても王都の警護とかギルドのクエストとか、そんなのばっかりだって聞いてるけど……」
どうやら、この世界の〝勇者〟は、俺の知るものとは違うらしい。
何しろ世界を破滅させようなんて考える……謂わばかつての俺のような存在がいないのだ。
世界の悪が居ないのなら、救世主も必要ない。
だから勇者は存在するが、世界を救うなんて大それた使命を託される事は無いのだ。
「小さい頃から好きな絵本があって……僕、その絵本みたいな勇者になりたいんだ」
「……絵本?」
(それはそれは、可愛らしい事で……)
なんとも子ども染みた話に、思わず笑みを浮かべてしまう。
「うん。明日、持ってくるよ。すごく面白いから、ライにも読んでほしい」
「それは楽しみです」
いけしゃあしゃあと嘘を吐く自分に、もしかしたら役者の道もいけるのでは……
なんて冗談半分に心の中で呟いたが、すぐに冗談でも今のは無いなと首を横に振った。
「もし、ライが魔法使いになって僕が勇者になったら、その時は……」
自己嫌悪に浸っていた俺は、アランの小さな呟きに気付く事すら出来なかった。
◇
同時刻、ライ達の村を上空から見つめる者達がいた。
「ここだね」
「うん」
白い髪をなびかせながら、2人の少女の紫色の瞳は、ライの家へと向けられていた。




