92話_人も鬼も見かけで、おおよそ決まる
「王都から、わざわざ、こんな辺鄙な村まで来てくれたんだ。疲れただろう? こんな狭い家でよければ、上がっていっとくれ!」
思わず尻込みしてしまいそうな容姿だが、その容姿とは裏腹に、心優しそうで少し安心した。
正直な話、俺達はここまで歩いてきたわけでは無いため、疲れてはいないが……ある意味、別の意味では疲れていたため、リンの母親である鬼人の言葉に甘え、お邪魔する事になった。
リュウだけは恐る恐るといった感じで玄関へ脱いだ靴を並べる手が若干、震えていた。
先ほどの縄張り花の件から、どうも彼の様子がおかしい。
今回は、どこか妙に怖気付いているというか……
単純にリンの母親にビビっているだけなのかも知れないが、俺には、彼の恐怖心の〝根〟は、それだけでは無いような気がした。
問いただしたいのは山々だが、城での一件もあって、今のリュウには何となく話しかけ辛い。
玄関からリビングへと通された俺達が目にしたのは、手作り感溢れる木製の家具で埋め尽くされた空間だった。
同じ空間にある台所からは、俺達をこの家へと導いた匂いが立ち込めており、思わず唾液腺が刺激された。
また、部屋の奥にある大きな窓からは生命力溢れる赤、黄色、緑といった色とりどりの野菜で埋め尽くされた畑が見えた。
野菜は、太陽という名のスポットライトに照らされ、1色の大地を色鮮やかに染めていた。
この村に辿り着いた時も畑を見かけたが、この村では自家栽培が流行しているのだろうか?
「今年も見事に実ったわね」
窓から見える畑を見つめていると、リンが窓の近くへと歩み寄って畑を一望し、感心したように言った。
「そりゃあ、リンが王都から肥料や栄養剤を頻繁に送ってくれたからねぇ。村のみんなも喜んでいたよ! すぐに帰るわけじゃ無いなら、明日にでも挨拶に行ってきたらどうだい? 挨拶ついでに、狭い村だが、彼らにも村を案内してやると良いさ」
どうだい? と、俺達に意見を求めるリンの母親に、俺達は互いに顔を見合わせた。
そんな俺達の反応をどう受け取ったのか、リンは少しだけ表情を引き締め、口を開いた。
「うん。でも、お母さん……その前に、聞いてほしい事があるの」
リンの表情や声色から何かを感じ取ったのか、それまで朗らかに笑っていた彼女の母親は訝しげな表情で彼女を見た。
「なんだい。突然、改まって…………あぁ、成る程。そういう事かい」
そこまで言って彼女は何かを察したように俺達を見ると、ニヤリと口元を緩ませた。
すると、彼女は元から高い背丈を更に伸ばして、俺達の前に立った。
たったそれだけの事なのに、こんなにも迫力が増したのは彼女の容姿もあるだろうが、彼女が放つプレッシャーが最大の要因だろう。
リュウをチラリと見ると、立っているのがやっとだと言わんばかりに彼の足が、頼りなく身体を支えていた。
……何も、そんなに怯えなくても。
呆れたように小さく息を吐いた俺だったが、瞬間的に感じ取った殺気に似た気配に、思わず身構えた。
「確か、王子も来てるって言ってたねぇ。それなのに、アタシったら自己紹介もしないままで……本当、申し訳ないねぇ」
目を細めてニコリと笑ったが、初めに出迎えてくれた時のような穏やかさは無い。
「それじゃあ遅くなったけど、自己紹介をさせてもらおうかね……初めまして。アタシは、リンの母親であり、一応、ここの村長を務めてる、アザミ・セイリュウっていう者だ! どうやらアンタ達、ただの観光目的でこの村に来た訳じゃ無さそうだが……まぁ、良い。リンが連れて来たお客様だ。アタシが直々に話を聞いてやろうじゃないか」
ゴクリと、喉鼓を鳴らしたのは誰だっただろう。
俺自身だったかも知れないし、他の誰かだったかも知れない。
しかし、今は、そんな事を気にしている場合では無い。
俺達は今、立たされている。運命という長い道のりにある、1つの岐路に。
「それでは、お言葉に甘えて……我も腹を割って話をさせて頂こう」
そう言って誰よりも前へ立ち、アザミに向かい合うように立ったのはアンドレアスだった。
リンほどでは無いが、それでも数十センチ以上の身長差がある相手に臆する様子も見せず、顔を上げて、真っ直ぐと彼女に視線を向けていた。
そんなアンドレアスの対応に、アザミは意外そうに目を丸くした。
「おや? 話は、お供に任せなくて良いのかい? 今からアンタが話す内容によっては……多少、暴力的な措置を取らせてもらう事になるだろう。アタシは基本的には優しいが、イラッときちまうと言葉よりも手が先に出るタイプでね。もしかしたら、アンタの、その端正な顔に傷を付けることになるかも知れないよぉ?」
見下ろしながら脅しめいた台詞を吐いたアザミだが、アンドレアスが彼女から視線を逸らす事は無かった。
「そのような事態になる可能性があるなら、尚更、我が話そう。彼らは、我の我儘に付き合ってくれているだけに過ぎないからな。下手に身体を張る必要も義理も無い」
丸くした目を更に見開いた後、彼女はクツクツと笑った。
「いいねぇ……っ! どうやらアンタは、この間、来た〝王様〟とは違うみたいだねぇ。気に入った! とりあえず、話は最後まで聞いてやろうじゃないか! ただし……話を聞いた後、ワタシがアンタに何をするかは分からないけど」
挑発的に笑うアザミと、そんな彼女を敵地に足を踏み入れたような表情で見つめるアンドレアス。
俺達は蚊帳の外にでも追い出されたかのように、2人を見つめる事しか出来ない。
待て……そもそも俺は何故、ここにいる?
誰からの依頼で、誰のために、この場所に立っている?
そう考え始めたら、自然と足が前へと進んでいた。
一歩、一歩……まるで自分以外の時が止まってしまったのかと思うほどに静寂した空間で1人、俺はアンドレアスと並ぶ位置まで足を進めた。
何をする気だと不思議そうに見つめるアンドレアスの視線をビシビシと受けながら、俺もまた、アザミと向かい合った。
「俺達は王子の想いを聞き、協力したいと思ったから、彼と共に、この村に来ました。貴女が王子の話を聞いて尚、納得出来なかったとしても、それはそれで仕方がないと素直に諦めます、が……万が一、彼に危害を加えるような事態に至る事があれば、その時は……俺も、それ相応の対応をさせて頂きます」
初めは呆然とした表情で聞いていたアザミだったが、俺が言葉を言い切った数秒後、再びクツクツと愉快そうに笑い出した。
「いいね、いいねぇ! アタシ、こういう展開、大好き! 王子と……そこの将来有望そうな色男、アンタ達の名前を聞かせてくれないかい?」
ここにきて、まだ俺達は彼女に名乗っていなかった事を思い出した。
「我は、アンドレアス・ディ・フリードマン」
「ライ・サナタスです」
「アンドレアス王子。そして、ライだね。へぇ、2人とも良い名前じゃないか。それじゃあ、アンドレアス王子、早速、語っておくれよ……アンタ達が、この村に来た目的を!!」
声高らかに叫んだ彼女は、楽しげに細めた目で俺達を見下ろしながら、内なる興奮を抑えるように舌舐めずりをした。
[新たな登場人物]
◎アザミ・セイリュウ
・リンの母親。
・容姿は人の要素ゼロな完全なる鬼だが、お節介焼きな肝っ玉母さん。
・容姿はリンと全く違うものの、瞳の色など、よくよく見ると共通点あり。
・実は、セイリュウ族を纏める長でもある。




