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かつて世界の破滅を願った魔王は転生世界で何を願う?  作者: 零珠音
特別クエスト『熱血王子を護衛せよ』 編
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91話_前途多難の予感

 空腹を知らせる虫の声が腹の中で独特な合唱を響かせる中、俺達は、ある1軒の民家へと辿り着いた。

 辿り着いたは良いものの、肝心のその後のことを何も考えていなかった。

 このまま扉をノックして〝お宅から美味しそうな匂いがしたので、思わず訪ねてしまいました〟なんて言ってみろ。

 依頼達成までの道が閉ざされるどころか、不審人物と勘違いされた挙句、セイリュウ族の鬼人(オーガ)総出で袋叩きにされ、2度と太陽を浴びることが出来ない身体にされてしまうかも知れない。

 ここは一旦、出直して、とりあえず入り口の門まで戻ろう。そこで、彼らと今後の事について話し合おう。

 本来ならば、村が見えてきた時点で話し合うべきだったのだが……食欲という欲求には抗えなかった。

 周囲を見渡すと、幸いにも周囲に鬼人(オーガ)の姿は無い。

 一度、村から出ようと皆に声をかけようとした瞬間、ギィッと扉が開かれたような音が鼓膜に触れた。


「ただいまー」


 それは、まるで自宅にでも帰ってきたかのような緊張感の無い声だった……って、ちょっと待て。


「あの……今、〝ただいま〟って、言いました?」


「え? えぇ、言いましたよ。だって、この家、王都に来る前に私が暮らしていた家ですから」


 呆気にとられながらも何とか言葉を紡ぎ出した俺に対し、リンは、あっけらかんと言い放った。

 偶然とはいえ、まさか足を向けていた先にあった家が、リンの実家だったとは……

 全く予想していなかった展開ではあるが、これは一種の好機と捉えても良いのではないだろうか?

 リンの話を聞いた限り、セイリュウ族は他部族の鬼人(オーガ)と比べて温厚な性格。

 況してや、リンの身内なのだ。初めの交渉相手としては、これ以上に相応しい者はいないだろう。

 もしかしたら、今回の依頼は思っていたよりも早く達成出来るかも知れない。


 ◇


 ……と、そう思っていた時期が、俺にもあった。

 ()()()と、わざわざ過去形で表記しているのだから、今は、そんなこと微塵も思っていない。

 リン、またソウメイやヒメカの容姿に見慣れてしまっていた為に、忘れてしまっていた。

 鬼人(オーガ)は、彼らのように人間に近い姿をした者。そして、鬼そのものの姿をした者の2通りの容姿形態(パターン)を持っていた事を。

 しかも、その容姿形態(パターン)は、血が繋がっている親子、または一族が全員、同じ形態(パターン)を取るわけでは無い、所謂、ランダムで振り分けられるものだった。


「おや、リンじゃないか! お帰り! もう、帰ってくるなら前もって言ってくれたら良かったのに!」


「あぁ、ごめんね、お母さん。急だったから、連絡する時間も無くて……」


 リンによって玄関へと足を踏み入れた俺達の目に飛び込んできたのは、力強い女性の声でリンを迎えた約2メートル程の背丈はあるであろう鬼だった。

 ニコリと微笑む口元からは牙が生え、可愛らしいフリルの付いたエプロンでは隠しきれていない筋肉が、エプロンの布越しで存在を主張していた。

 思わずリンと見比べたが、申し訳程度の共通点を挙げるならば、額に生えた身体と不釣り合いな控えめのツノだけで、後は……今のところ、見当たらない。

 リン(彼女)の母親は後者の容姿形態(パターン)を獲得した鬼人(オーガ)……いや、完全なる鬼だったようだ。

 会話だけ聞いていれば、久しぶりに再会した親子の微笑ましい会話に、笑みが零れていたことだろうが、視覚情報も共に得てしまっていた俺達から零れ出たのは笑みでは無く、怯えた小動物の悲鳴に近い、小さな声だった。

 その声を拾ってしまった(リンの母親)は、俺達の存在に気付き、ゆっくりと顔を向けた。


(あ……)


 鬼と目が合った時、俺は、もう1つだけ、リンとの共通点を見つけた。

 目だ。その鬼は、リンと同様、黄色がかった薄茶色の目を持っていた。

 人よりも大きな目が、瞬きをせずに、こちらを見ている。


「あら、可愛らしいお客様だこと! あらあら、しかも全員、男だなんて……リンったら、少し見ない間に……」


「す、ストップ、ストップ!! それ以上は言わせないわよ、お母さん!」


 慌てたように言葉を吐き出したリンが、母親である鬼の口を両手で封じ込んだ。


「彼らは、()()()()()じゃないから! みんな、私より年下だし、その内の1人は正真正銘の王子だから、本当に止めて!」


「ああった、ああった(分かった、分かった)」


 彼女達の関係性的に普通の親子の会話なのだろうが、こちらとしては華奢で小柄な女性が一回りも二回りも大きい鬼を相手に口を封じた上に、羽交い締めにしている光景を見せつけられ、先程から生きた心地がしない。


「ど、どうしよう……」


 目の前で繰り広げられる光景に絶句していると、隣でカタカタと身体を震わせたリュウが不安感を隠す気も無く吐いた言葉が、俺の耳に届いた。


「可愛らしいお客様って……つまり、アレだよな? 遠回しに言ってるけど、きっと、思わずガブリと一口で喰っちまいたいほど()()()()()お客様って意味で言ったんだよな?! しかも、俺達が全員、男であることを確認したって事は……まさか、男の人肉が好み?! あ、あぁ、どうしよう……俺は、一体、どうしたら……っ?!」


 恐怖心が飛躍し過ぎて、とんでもない方向に着地してしまっているリュウに最早、訂正する気も起きない。

 顔を異常なまでに蒼褪(あおざ)めさせながら頭を抱えるリュウを横目に、(本人……いや、本()達からすれば)和気藹々(わきあいあい)と繰り広げられている親子の会話を聞きながらも、俺の心は、悟りでも開いたかのように変に穏やかだった。

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