86話_助っ人
ギルドの職員達からの好奇の目が痛い。
それに加え、俺達を見ながらボソボソと会話をする声が煩わしい。
目の前で戸惑ったように俺達一人一人を見渡す職員に心の中で謝罪しながら、そもそも何故、こんな事態になってしまったのかと振り返った。
時間は、俺がギルドの職員である鬼人の存在を思い出し、その鬼人の力を借りるのはどうかと提案した頃まで遡る。
俺の提案を聞いたアンドレアスは、ローウェンに手招きし彼の耳元で何かを呟くと、ローウェンは足早に部屋を飛び出した。
何を頼んだのかと問いかけても、アンドレアスは〝交渉中だ〟と言うだけで詳細は語らない。
心なしか、彼の表情が少しだけ強張っているようにも見える。
ローウェンが戻ってきたのは、部屋を出て数分ほど経った頃だった。
部屋に入り、アンドレアスの横に立った彼は、アンドレアスの耳元で何かをボソリと呟いた。
「そうか! それは良かった……っ!」
ローウェンの言葉を聞いた瞬間、アンドレアスは明るい表情を見せた。
何が、〝良かった〟のだろう?
俺の疑問が言葉として吐き出されるよりも先に、アンドレアスが口を開いた。
「ライ殿、たった今、ローウェンに確認を取ってもらった。貴殿の言う通り、王都のギルドに〝リン〟という名前の鬼人がいるそうだ。そして直接、その鬼人に我々の目的や現状について話したところ……なんと我々の力になってくれるとの事だ! そうだな、ローウェン?」
「はい。本人の口から、確かに、そのような返答を頂きました。その証拠も、ちゃんと、こちらに……」
そう言って、彼がズボンのポケットから取り出したのは長方形型で小型の機械らしき物だった。
「録音機……貴殿は、いつも、そのような物を持ち歩いているのか?」
アンドレアスの問いかけに、ローウェンは目を細めてニッコリと笑った。
「えぇ、勿論。人生、いつ何が起こるか分かりませんからね」
まるで誰かを煽るように録音機をユラユラと揺らしながら、笑みを深めるローウェンに俺の中の本能が、奴は絶対に敵に回してはならないと、危険信号を発している。
「…………怖すぎだろ、あの執事」
ヒューマから、小さいながらもはっきりとした声が耳に届いた。そんな彼に同意するように、俺は小さく頷いた。
それからは実に、あっという間だった。
あっという間に城を出た俺達は、あっという間にギルドに着き、あっという間にギルドの職員達が集う部屋へと案内され、あっという間に例のギルド職員と対面するにまで至った。
見事に、全てが〝あっという間〟過ぎて、細かな過程は憶えていない。
それにしても、あの〝思い立ったが吉日〟と言わんばかりのアンドレアスとローウェンの行動力……尊敬を通り越して、最早、恐ろしい。
……と、まぁ、軽く回想を終えたところで、時間を現実へと戻す。
俺達と向かい合っているのは、見覚えのある女性。
転送装置によって送られる俺達を毎回、笑顔で見送ってくれている、あの職員本人だった。
「あ、あの……先ほど電話で話をしたローウェンさん……ですよね?」
「はい、その通りです。突然の電話で驚かせてしまった挙句、手土産も持たず、押しかけるような形での訪問になってしまい、誠に申し訳ございません」
「い、いえいえ、そんな……!」
彼女が、明らかに緊張しているのが見て取れた。
無理もない。王子と、その世話係の執事を相手にしているのだ。
俺達のような一般の魔法使いや勇者を相手にするのとは訳が違う。
「改めまして……私は、ローウェンと申します。こちらにおられます、アンドレアス王子の世話係を務めさせて頂いております。以後、お見知りおきを」
深々と頭を下げたローウェンに釣られるように、彼女もまた深々と頭を下げた。
「は、初めまして……っ! わ、私、リン・セイリュウと申します」
リン・セイリュウ、それが彼女の名前らしい。
「リン殿、お初にお目にかかる。我は、アンドレアス・ディ・フリードマン。この度は、我々への協力、そして突然の訪問を受け入れてくれた事、心より感謝する!」
「ひ、ひぇ……」
握手を求めて手を差し伸べたアンドレアスの手を、震えながらも何とか取った彼女だったが、口からは天敵を前にした小動物のような声が漏れ出ていた。
「早速、本題に入らせて頂きたいのだが……良いだろうか?」
「え、えぇ、勿論! 本日の仕事は、もう終わりましたので!!」
……と、彼女は言っているが、きっと嘘だ。
まだ太陽が真上を通過する辺りの時間帯にギルドの仕事が終わることなんて、余程のことが無い限りはあり得ないだろう。
恐らく、彼女が本来する筈だった仕事を、誰かが代わりにこなしているに違いない。
その職員の事を思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「あ、リンさん! 転送装置の事なんです、が……すみません、お取り込み中でしたか」
リンに駆け寄ってきた見覚えのある青年に、思わず声が飛び出した。
「ハヤトさん……?」
俺の声に顔を向けたハヤトは、どうやら俺のことを覚えてくれていたようで、小さな声を漏らすと控えめに会釈をした。
「あぁ、ハヤトさん。そうね、今は……」
リンは、チラリとアンドレアスを見た。
そんな彼女の視線を受けたアンドレアスは、彼女の気持ちを全て把握したかのように頷いた。
「そちらの事情を優先してもらって構わない。元はと言えば、突然押しかけた我等に非がある」
アンドレアスの言葉にリンは深々と頭を下げるとハヤトと共に、何処かへと走り去って行った。
「ライさん達も、こちらのソファでお待ち下さい。アンドレアス王子と御付きの方は、別の椅子を……」
「いや、構わん。我等もライ殿達と同じ、そふぁ? という椅子で良い」
「え、ですが……」
聞き覚えのある声と呼ばれた自分の名前に、声が聞こえた方を向くと、デルタが近くにあるソファへと誘導していた。
「構わん。ここだけの話、我等が普段から座っている椅子は硬くてな……あまり好きではない。だから、そのような気遣いは無用だ」
そう言うと、アンドレアスは真っ先にソファへと腰を下ろした。
「ふむ……これは中々に座り心地の良い椅子だ! 今度、城にも取り入れられないか父上に相談してみよう。心優しい少女よ、お気遣い、感謝する」
ソファから立ち上がり、頭を下げたアンドレアスにデルタは夢でも見ているのかと言わんばかりに目を丸くした。
驚くのも無理はない。
俺だって最初は、彼の、この王族らしからぬ腰の低さに驚いたのだから。
「……俺達も行くか」
ヒューマの言葉を合図に俺達もデルタに頭を下げ、ソファへと向かった。
ギルドに着いてから……いや、もしかしたら、もっと前からかも知らない。
兎に角、気付いた時からずっと何か言いたげな表情でリュウが俺に視線を向けていたが、俺は気付かないフリをしてヒューマ達の後を追うようにソファへと向かった。




