84話_タイムリミットと関門
全員が参加の意思を示した瞬間、ローウェンは懐から二つ折りされた紙を取り出した。
「あの、それは……?」
アランが問いかけると、ローウェンは薄っすらと笑みを浮かべた。
「これは、特別クエスト用の依頼書です」
「……特別クエスト?」
アランが首を傾げながら俺達を見たが、全員、特別クエストという言葉は初めて聞いたようで揃って首を傾げた。
そういえば、先ほどアンドレアスも同じ言葉を吐いていた気がする。
「特別クエストとは、別名〝ご指名クエスト〟と呼ばれ……まぁ、名前から察して頂けるかと思いますが、特定の相手にクエストを依頼する際に使用する依頼システムの事です」
そんなものが、あったのか……
周囲も、俺と同じような感想を抱いたようで興味深そうな表情で依頼書を見た。
「そのような顔をされるのも無理はありません。このシステムは依頼する側には認知されていますが、意外にも依頼受ける側には、あまり知られていないようなので……」
考えてみれば、あの掲示板のような多くの目に止まるような場所に掲示されると都合が悪い依頼だって当然あるだろう。
もし王子からの依頼書が、あの掲示板に貼り出された時には、依頼書の奪い合いから下手をすれば命に関わる物騒な展開になりかねない。
そのために設けられたシステムなのだろう。
広げた紙を机に起き、胸元のポケットに忍ばせていたボールペンでサラサラと文字を書き綴っていった。
最後に署名を書くと、依頼書は机の中に溶け込むように消えた。
「あぁ、1つ言い忘れていました。この依頼書が受理された瞬間、貴方方は、この依頼に関する全ての責任を受け持つことになります。つまり……この依頼を他言無用する、若しくは途中で依頼主の許可も無く離脱するような事があれば、その時は、それ相応の罰が与えられますので、お忘れなきよう」
脅迫だ。これは、紛うことなき脅迫だ。しかも、この執事、先ほどから妙に違和感を覚えてはいたが、やはり従順な執事では無かった。
彼は、敵に回すと厄介な策士だ。
紙が完全に消滅した直後、いかにも今思い出したかのように言葉を紡いだローウェンの浮かべる笑みに、俺達は彼の策略に、まんまと嵌められてしまったのだと息を詰まらせた。
口約束なんて手緩い契約など論外。関わるからには徹底的に束縛する。
たとえ相手が子どもだろうが容赦という文字は無い。
ローウェンという執事の恐ろしさを、身を以て知った瞬間だった。
「皆を怯えさせるな、ローウェン。あくまで我々は依頼をしている立場だ。手荒な真似は、いくら貴殿とはいえ許さんぞ」
「分かっております。彼等が余計な事さえしなければ、私は何も手出しはしません」
最早、このクエストには〝失敗〟という概念すらも失われている気がしてきた。
もし失敗したら、その時は……これ以上は、何も考えないでおこう。
改めて厄介事を背負い込んでしまったと、頭を抱えずにはいられなかった。
色々と気になる事はあるが、依頼の手続きも済んだところで話は本題へと移った。
「まず、貴方方に手伝って頂きたいのは、鬼人族の調査と……可能ならば、接触と交渉です。私が調査したところ、王は過去に何度か鬼人との交渉を図ったようですが……結果は、全敗。時には、規模は小さいながらも争い沙汰にまで発展してしまった事例もあるようです」
淡々と話すローウェンの言葉に耳を傾けていると、隣に座っていたリュウが距離を詰めてきた。
「なぁ、今の話が本当なら、1度は失敗してるって事だよな? はっきり言って無謀じゃないか、これ?」
淡々としたローウェンの説明に対し、ヒューマは俺の耳元で不安げに呟いた。
実に共感だ。
是非とも、その本音を俺ではなく、ローウェンにぶつけてやってくれ。
「あの、鬼人って確か、4つの部族に分かれていますよね? 東西南北それぞれに位置する場所に集落を構えているとか……僕達は、その全部の集落の鬼人と接触するって事ですか?」
アランの質問に、ローウェンは感心したように彼を見た。
「お詳しいのですね。身近に、鬼人に関する知識が豊富な方でも、いらっしゃるのですか?」
「い、いえ……ただ最近、授業で習ったばかりの所だったので、まだ記憶に残っているだけです」
慌てて否定するアランの頬が、僅かに赤みを帯びている。
相変わらず、素直な奴だ。
「勿論、全ての集落を……と、言いたいところですが、生憎、我々には時間がありません。精々、1つの集落を訪れるのが限界かと……」
「時間が無いって……どういう意味ですか?」
今度は、リュウが問いかけた。
予想外にも、今回の件に関して彼は、それなりにやる気があるようだ。
彼の場合、アランのように純粋な人助けというよりも、依頼相手からの報酬などといった下心が主な活力となっていそうだが……
「言葉通りです。最初にもお話しましたが、今回の件は極一部の人間しか知りません。出来るだけ知られてはいけないのです、特に王には。実際、貴方方をこうして招き入れることが出来たのも、王が不在だったからです」
ローウェンの言葉を聞いた時、俺は庭園で彼がレオンに向けて放った言葉を思い出した。
──王が不在だからといって、城の警護を怠らないで下さいね。
当時は特に気にも留めなかったが、今更ながら聞き流してはいけない情報だった。
王が不在って何だ?
王とは、基本的に城の中に篭っている生き物ではないのか?
では、その王は、今どこに……?
「詳しい事は、お話出来ませんが、王は今、とある場所にいます。ちなみに、あと3日ほどは城にお戻りになられる事は無いと窺っております」
「3日……」
誰かが、ボソリと呟いた。
3日。つまり彼は、3日という短過ぎる期間で、この依頼を達成しろと言っているらしい。
無茶にも程がある。
少なくとも、子どもに頼むような案件では無い。
「無茶を言っているのは承知しております。ですが、これは貴方方の力量を見込んだ王子直々の依頼なのです。どうか、皆様の力をお貸しください」
この執事……腹黒い要素はあるが、主には、とことん甘いらしい。
誰が、どう考えても無理だと思う事でもアンドレアスが望むなら、どんな手を使っても叶える。
誰かに仕える者としては実に素晴らしい心意気だが、その心意気に巻き込まれる立場からすれば、たまったもんじゃない。
「お気持ちは分かりましたが……たった3日で、というのは……」
流石に、こればかりはアランも首を捻った。
最近、鬼人の事について学んだ彼だからこそ、このクエストの難しさが分かるのだろう。
「……さっき、時間的に1つの集落を訪れるのが限界だって言ってましたよね? ローウェンさん達は、どこの集落に行くかは、もう決めてるんですか?」
軽く挙手をしたヒューマが、少し気の抜けたような声で質問をした。
彼は元々、乗り気では無かったとはいえ、せめて依頼主の前では取り繕ってほしい。
「それが……まだ、決めていないのです。私個人としても鬼人という生物に関しては未知の領域といっても過言ではありません。王子が赴くからには、確実に安全だと分かった上でお会いしたいのです。ただ現状として、鬼人族に関する情報が乏しくて……鬼人と少しでも交流関係を持つ方がいらっしゃれば話は別でしょうが……」
要するに、鬼人という得体の知れない存在を前に下手に手も足も出せない、という事か。
確かに、相手が相手だ。
下手なことをすれば無傷では済まない。王子も同行するならば、それこそ慎重にならなければ……と、そんな考えを巡らせている内に、何も出来ないまま時間だけが経ってしまったのだろう。
「……そういえば、」
唸る声が響く中、1人だけ空気を読まずに言葉を漏らした者がいた。
その者は周囲からの視線を集める中、ご丁寧に俺に視線を向け、何か思い出したように問いかけた。
「鬼人といえば、ヒメカ達も鬼人だったよな?」
平然とした顔で放たれた、その言葉は後に、ある者達に希望を与え、ある者達に驚きを与え……そして俺に、回避不可能であろう厄介な未来を与える事となる。
明日の投稿は、私用によりお休みさせて頂きます。




