表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ぼくの穴

作者: Bull Martini

 あれ、これなんだろう。

 通学路の途中で、ほどけた靴紐を直そうと前屈みになったとき、地面に空いた穴が目に入った。自販機とブロック塀を隔てた隙間に、直径十センチほどの小さい穴が空いていた。深さがどれくらいあるかは、その場所からは見えない。きっと雨戸に流れた水が最後に集まる場所になっている、そんな印象だった。

 え、いまのって……。

 通い慣れた通学路にこんな穴があることにも驚いたが、中から音がすることにも驚いた。それは何かを訴えるような、悲痛なものだった。

「頼むよ……」

 うわっ、なんだこれ。

 突然のことに混乱した。でも僕は、

「そ、そうだ、学校に行かなくちゃ」

 強引にねじ伏せて、その場から立ち去った。

 それから毎日、穴の側を通るたびに音は聞こえた。

「本当は聞こえてるんだろ、なんで足を止めてくれないんだよ。なあ、いいだろ」

 音は日に日に大きくなっていく。

「わかってるって、今日もダメなんだろう。でも、まってるからさ」

 何日か経過すると、こんどは音が小さくなっていった。

「いいよ、気にしてない。次のときは、きっといいことがおこるかなって」

 季節の変わり目とか、そういうのじゃない。でも次の日からちょっと匂いを感じるようになった。ただ、それは決していい匂いじゃないくて、なんか後ろめたい嫌な臭いだった。

 穴の存在なんかとっく忘れていた。ある日、ジュースを飲もうと自販機にボタンに手を伸ばしたとき、胸に強烈な不快感が飛び込んだ。

 あ、この場所……。そういえば……。

 そのときだった、足元の穴から、

「なんで! なんであのとき助けてくれなかったの! ねぇ、ひどいよ……」

 逃げ出したい気持ちとは裏腹に、足がそれを許さなかった。スマホ片手に穴の中を覗き込む。暗くてよくわからないが、深さ五十センチほどのところに、小動物らしき骨の残骸があった。穴のまわりにわずかに残った獣の毛から、猫であることが推察できる。

 本当は知っていたんだ。穴に落ちた猫が、毎日毎日助けを呼ぶ声も聞いていた。でも、どうしても穴を覗く勇気が出なかった。しかたないよね。だって……、だって……。

 そこには、ぽっかりと穴が空いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ