88話 帰国子女の悩み
清らかな白い髪を揺らし、珍しく髪を結って来なかったルシア。胸に届くその髪から見えたのは、陶器のように滑らかな頬を全く動かそうとしない、酷く落ち込んだ表情だった。いつもなら不意打ちで背中を叩いてくるはずなのに、彼女の「Buongiorno!」という陽気な声は、いつまでたっても聞こえない。
……明らかに様子がおかしい。
「ルシア、具合でも悪いの?」
「いえ、ちょっと寝不足で疲れてるだけです。雪菜達は心配しないでください」
ほら、やっぱり。ルシアは疲れてるだけと言うけれど、明らかに様子がおかしい。深く寄せられた眉をより一層寄せて、同時に悲しそうな顔で目を伏せ、古惚けた木製の床を見つめている。それに、寝不足と言う割には目が眠たそうではない。目元に隈のようなものはできていないし、あくびも何もしていないのだ。
まるで、心に溜まった憎しみと悔しさを抑えるように、ずっと口を噤んでいる。こんな辛そうなルシアの顔、初めて見た。
そんな様子を見て、痺れを切らした一矢は、私の代わりにルシアを止めようとした。
「いやいや、心配するって。ただでさえ元気一杯って感じのルシアがそんなに沈んでるなんて、今日の午後大雪かよ? 俺、折り畳み傘と防寒具持ってきてないぜ?」
「大丈夫です。今日は暖かいですし、降水量0%です」
「天気予報は当てにならねぇって」
「お願いします、今は放っておいてください」
「お、おぅ……」
しかし、結局上手くいかず、しかも一矢なりのボケも全く通用しないまま、ルシアは自分の席へと歩いて行ってしまった。その後ろ姿は真夜中のように暗く、悲しみ、憎しみ、恨み、絶望……… とにかく沢山の負の感情が詰まっているように見えてしまう。
先程のやりとりを廊下から見ていた勇助も、今日のルシアの変貌ぶりには驚かされたらしく、この事は1年6組3班の大きな課題として刻みつけられたのだった…… と思っていた。
今までずっと疑問に思っていたことを、思い出すことができたのだ。
「ねぇ一矢、さっきのルシアの無表情って誰かに凄く似てなかった?」
「あー! 確かにそうだよな、勇助! 誰かに似てる気がするんだよなぁ……」
「……ここで聞いて、無事に生きて帰れる保証は?」
「ま、まだ他の人も来てないし、大丈夫じゃないかな? ルシアさんがキレるところは見たことないけど…… 絶対怖いよね」
「そうかもしれないけど、とりあえず聞きに行こうぜー!」
まさか、こんなに早く解決する事になるなんて。




