7話 明日の悩み
「ただいま~」
まだ部活が始まっていないので帰って来る時間が早く、普段夕方に帰ってくる叔母さんは、まだ帰ってきていない。これも小学校の頃から変わらないので、もう慣れてしまった。
今日も疲れたと、深いため息をついた後、若干急な階段を駆け上がって自室に入る。肩にかけた軽い鞄をおろして2段ベッドの下に潜り込み、そのまま布団にダイブした。
兄弟姉妹なんていないひとりっ子なのに、何故か2段ベッドなのだ。しかも上ではなく下で寝るので、上に掛けられた碧いカーテンを閉めれば、秘密基地みたいでとても楽しい。
さぁ、今日は数学のプリントだけだったから、早く終わらせよう。
……あれ、日記もある気がする。
そんな心配を頭の隅に浮かべながら、私は渋々勉強机の方へ向かった。
宿題を終えた後、私は少しの間頭を抱えていた。数学のプリントは小さいうえに思ったより簡単で、数分で終わってしまうレベルだったのだ。要するに、物凄く暇なのである。
ちなみに、日記の方は班長決めの事などでサッと埋めた。これ、帰ってからの出来事を書いたほうが良いのだろうか…… うん、その方のがいいだろう。わざわざ先生が知っている事を書いたって面白くはない。まぁ、今日の分はもう書き終わってしまったから仕方がないか。
どうしようかと考えて後ろのカレンダーを見に行くと、不意に思い浮かんだのは明日のこと。そういえば、今週の土曜日は澪と久しぶりに遊べるんだ。普段なら嬉しくなって、ふわりとした喜びと共に口元が緩む。
でも、今日の私は違った。
なんで、こんな時にゲームのセーブデータが消えたのだろうか。折角久しぶりに澪と遊べるのに、澪と一緒に進めたゲームのデータがいつの間にか消滅していたのだ。データが仏になられたのは、荒澤中央小学校近くの駄菓子屋に行った叔母さんが、興味本位でくじを引いて当ててしまったファンタジーのゲームなのだが、こいつは謎解きや話の内容が難しいという特徴をもつ。ついでに言ってしまうと、登場人物の会話から探索に移るまでのロード時間が地味に長い。
結構前から暇な時だけプレイするスタイルでやってきたため、シナリオはともかく最初の方の謎解きの内容など覚えているはずがないのである。この間ようやく3つ目の章をクリアして、内容が面白くなってきたというのに、また試行錯誤をしてやり直さなければいけないというのか。
私は、悲しみがつまった真っ黒な海に重りをつけられて沈んでいく様な気分になった。
堪えられなくなった重みから逃げるように、私は自分の布団に潜り込む。
「……最悪」
私の管理不足による後悔の塊が肥大化して、真っ黒な塊から無数の手が生えると、私の身体をじわじわと蝕んでいく。心臓からどんどん広がって、いつの間にか空気を通さなくなった喉元を叩いて、無理矢理気管をこじあける。どんなに苦しくても、息をしなければ人間は生きていけない。どんなに嫌でも、私達はあの面倒くさいロード時間を待たなければいけない。
探索に疲れたら休んでもいいのかと、くすんだ窓の向こうの青空に問いかけた。