87話 喫茶店アルバイター
怖い画像を見た後でも、一度寝れば忘れてしまうもの。たとえそれが周りの常識でなくても、私の中では普通だった。逆に言ってしまえば、幼い頃からそれほど怖いものに慣れていたのかもしれない。
だから今日も、何事もなかったかのように口先を尖らせ、小さな交差点の隅で彼を待つ。ほら、今日も彼は私の元に走って来た。片腕は骨折していてふらつくから危なっかしいけれど、頑張ってこちらに向かってくる姿は可愛らしい。
「雪菜~! 世羅が帰ってこねぇ!!」
「分かったから、今は静かにして。世羅はまだあっちにいるんじゃない? それと今朝、紗羅が先に家を出ちゃってさ、泣き止んではいたみたいだけど心配で……」
「じゃあ、アレンと雷華さんは?」
「アレンはいつも通り鞄の中で、それか私の後ろで浮いてる。雷華さんは元から入ってた近所の喫茶店でアルバイト」
「へー」
雷華さんが喫茶店で働いているのは、いつものこと。喫茶店の近所のアパートには、仕事が終わるまで紗羅と一緒に暮らすつもりらしい。実はそこのアパートの管理人さんと喫茶店の店長さんと、その娘さんはあっちの世界出身の人で、"ヴァイス"の1度目と2度目の襲来でこっちに逃げてきたんだとか。
ちなみに、あっちの世界は普通の人間では、どんな人間でも仕事OKらしい。雷華さんはあっちの世界の中卒労働者なのだろうかと思っていたが、澪が百合亜さんの仕事の手伝いをしながら勉強することになったり、あの街に学校のような建物がなかったりするのを見る限り、もしかしたら学校という概念すら存在しないのかもしれない。
ついこの間まで話したくても話せなかったような事を、なんの躊躇いもなく一矢と話しながら、私達は学校へ足を運んだ。
ガララ……ガッ………
「今日も一番!」
「お疲れお疲れ」
いつの間にか当たり前になった、甲高い一番という声。あと数日経てば、貴方が一番だと言える日は来なくなるかもしれないというのに。しかも陸上部に入ったら、三年生になって引退するまで、私と登校することすら滅多にできなくなるのに。もしもそれが、嫌だと言うのなら。もしも腕の怪我が、仮入部の時までに治らなかったら。もしも…… 私に運命を変える力があるのなら、出来れば文芸部に入って欲しいなとつくづく思う。
あと、いい加減この教室の扉を直して欲しいんだ。
「おはようございます……」
……ん? 一体誰の声だろう。




