85話 災厄の襲来
炎の中で、街の人々が逃げ惑う。その炎に包まれた建物が焼け落ち、燃え盛る支柱が逃げ道を塞いだ。朱色の炎の中で、赤紫の炎をまとった幾多もの黒い魔物が、か弱い人々を殺していく。その人々は何処にも逃れられず、真っ黒な魔物に殺されるのを震えながら待ち続けるしかないのだ。
私達から見ればその光景は、まさに地獄そのものだった。追い詰められた人々は身を寄せ合い、魔物に殺されるのを待つしかないのだ。真っ黒な大蛇は子供を丸呑みにし、黒ずんだ枯れ木の蔓は老人の背骨を折り、黒い霧上の人影は若者の首をはねた。誰かがこの集団をまとめているような、そんな気がしてならないのだが……
その"敵将"が何処にいるかは、分からない。
我にかえった私は、サッと振り向いて皆の無事を確認した。私が早く来すぎたのか、一矢達はまだ追いついていない。もう一度前を向きなおした私は、地獄を見て呆然としている事しかできず、未だに頭の回転が追いつかない。
すると、視界の隅で突然紗羅がしゃがみこんだ。小さく震えながら、おばけに怯える少女のように泣いている。紗羅がしゃがんだ理由にすぐ勘づいた雷華さんと世羅は、泣きだす彼女を宥めようとした。
紗羅の状態に気づいてはいたが、私とアレンはそれに反応する事ができず、時折吹き荒れる熱風に目を細めることしかできない。昨日あんなに穏やかだった街が、たった1日で地獄に豹変しただなんて、到底信じられない。今の私は、この状況を判断しながら、動揺する心を落ち着かせる事だけで精一杯だった。
「また、また"奴"が来たんだ…… どうしよう、私達、本当にどうすればいいの?」
「お、落ち着けよ紗羅、昔も二回くらいあっただろ? また倒せばいい話さ」
「でも、"奴"だって二回目は凄く強かったのよ……?」
「"ヴァイス"はあの時消滅しただろ。雷華、紗羅達を頼む。早く化け物を片付けないとな」
世羅は腰に引っ掛けられたハンドガン二丁を取り出し、くるくると回した。みんなを安心させるためか、それとも戦闘が好きなだけなのか…… 割と落ち着いた表情で、若干口角が上がっている。それを見た雷華さんは小さなため息をつき、珍しく真剣な顔つきで、世羅に対する答えを出す。
「……じゃあ、先にこいつらと一緒に、さっきの世界に戻してくれないか?」
「勿論そのつもりだ、頼んだぞ。しばらくしたら連絡送るからな」
「は、はい! 師匠は今から街の人の避難の援護と、魔物の討伐を?」
「そーゆーことだ、怪我すんなよ!」
「師匠こそ、気をつけてくださいねー!」
ニッと笑った世羅はそう言い残すと、燃え盛る火の海の中に飛び込んでいった。
どうか、澪や街の人々が無事でいますように。炎の中に取り残された私達はそう願って、急いでワープゾーンの中に飛び込む。さっきまで開きっぱなしだった空間の口は、ゆっくりと閉められていった。突然向こうから引き返してきた私達に、一矢と勇助は戸惑うばかり。
「災厄の襲来…… これで4度目か」
夜空を歩く3秒間で、雷華さんがそう呟いたのを、私は確かに覚えている。




