80話 疲れた心に休息を
【雷華 視点】
午後5時前、私は雪菜の家を出て皆と別れた。世羅の力であっちの世界に戻してもらい、今ちょうど、百合亜の家の扉を開ける所。本来は203号室に帰るべきなのだが、どうしてか親友達の顔をもう一度見たくなり、こうしてドアの取っ手に手をかけるのだ。
なんか、扉の向こうからガヤガヤと声が聞こえるけど…… いつもの事だよな。そう思って、勢いよくドアを開ける。次の瞬間、目の前に飛び込んだのは紫色の本だった。
「いてっ」
「扉を開ける時は静かにって、いつも言ってるでしょ?」
「た、ただいま」
百合亜の大切な紫の魔道書で、ポテッと頭を叩かれてしまった。扉を開ける音がうるさいのは申し訳ないと思っているが、その魔道書って日之影家が代々受け継いできた、エルティエの魔導書だよな…… おいおい、そんなので私を注意していいのかよ。呆れ顔の百合亜に連れられて、リビングに向かう。ぬいぐるみのそばの丸椅子に、澪がひとりだけでちょこんと座っていた。紗羅達は何処に行ったんだろう。あ、その前に。世羅が一矢の家に行ったことを伝えなくちゃいけない。
「世羅が一矢の家に居座ることになった、以上!」
「こら!」
「うおっ、紗羅じゃねぇか。なんでさっきはついて来なかったんだよー、叔母さんに挨拶していけばよかったのに」
「挨拶はまた今度行くってことで、さっきまで澪の手伝いをしてたのよ。らい姉なんか、ひとりが怖いからって今日はここに帰って来て…… それに、世羅の件については話が簡潔すぎるでしょ、何のために行ったのか詳しく伝えなきゃ」
「怖いわけじゃないっつーの、多分」
もう一度説明し直そうと悪戦苦闘したわけで、疲れ切った私が自室まで辿り着くまでには結構な時間がかかった。
この間からまた、百合亜達の仕事が忙しくなってきている。雪菜達の荒澤町の事もあるし、のんびりしてはいられない。最近、怪しい"何か"が出てきているそうで、私達と共にこの街の政治を行う人が魔法使いを増やすついでに依頼をしてきた。
この間までは、アレン以外は本当なら町の調査だけだったのだが、偶然魔法使いの素質みたいなものがあるもうひとりの子供を見つけたわけで、世羅がその仕事を両立する事になったのだ。その子供が、一矢だった訳。
そして、それに澪が追加。彼女は知里花辺りが面倒を見ることになって、突然人手は激減した。なんだかなぁ…… 今日は何故かロックもいないから、仕事が忙しいしさ。
ドアを閉めた瞬間どっと疲れが出てきて、朦朧とする意識の中、私はベッドにダイブした。
柔らかい羽毛布団に包まれ、それと同時に耳の奥から流れてくる、心地よい波音。懐かしい感覚に心を動かされて、私はゆっくりと瞼を開いた。
おぼろげな景色に浮かぶのは、晴天の空の真下に広がる碧い海。寄せては返す、その繰り返しは永遠の様に感じられ、いつまでも眺めていたいような感覚に襲われる。でも、そんな事をしていては夢の続きを見られない。見覚えのある穏やかな海から宝物を探し出す為に、今よりもだいぶ小さくなった頭身で、その白い浜辺を見渡す。
視界の隅に見えた見覚えのある影、私の後ろに立っていたのは、誰____?
それを思い出しかけた時、私はベッドから転がり落ちて目が覚めた。




