71話 故郷を離れて
大木の秘密基地を見上げる私達は、小さな螺旋状の階段を登っていく人達を、遅れながらも追いかける。
緑の葉が生い茂るツリーハウスは、大木の枝の中に隠れるようにつくられていた。
上に登るための螺旋階段を、いかにも秘密基地らしい梯子にしなかったのには、何か事情があったんだろう。高所恐怖症で下りるのが怖いとか、百合亜さんみたいに梯子に掴まり続ける体力がないとか、なんとか……
今回ばかりは一矢も骨折しているし、実にありがたい設備だ。
「懐かしいわ~、よくここで遊んでたっけ。ね、世羅?」
「まぁ、今もそうだろ。これからは見習いも仲間に入るから、もっと賑やかになると思うぜー」
「見習いって、俺達も入れるのか?」
「えぇ、いいんじゃないかしら。私が先輩なんだから、これからみっちり鍛えてあげるわよ!」
「イヤッホォォォイ!!」
「一矢うるさい……」
秘密基地の一員になれることに、甲高い喜びの声を上げた一矢。
その声は秘密基地の小さな窓を越え、街の周りの約半分を覆う森を越え、ついには北東に見えるあの雪山まで飛んでいき、イヤッホーイという声が街中にこだましていることだろう。
私達は基地の本をつかって情報集めをした後、ワイワイしながら日之影家に帰るのだった。
日之影家の玄関の扉を開けたのは、丁度百合亜さんが手続きを終わらせた頃。これで、澪は私達の世界には存在しなくなった。
ついに澪は、正式に魔法の世界の住人になったのだ。
これからはもう、"午後1時、荒沢小学校に集合。自転車必須" の約束をする事はない。
もう一度時計を見てみると、現在の時刻は2時半。百合亜さんの仕事の速さには、本当に驚かされる。
「その速さを運動でも活用したいぜ」なんて、雷華さんが余計な事をいうもんだから、ありえない方向から哲学書や魔導書やらが吹っ飛んできていた。
その本は全て雷華さんに向けて放たれていたが、彼女の方は慣れた様子でそれを避ける。そして、飛ばされた本は綺麗に元の場所へ戻っていった。
呆れながらため息をつく、その本を飛ばしてきた張本人である百合亜さんが、その表情のままで澪に話しかける。
「貴方の住居は私の家の空き部屋になるけれど、それでもいい?」
「はい、勿論です!」
百合亜さんによると、人間にとって基本的な知識(中学で学ぶ事)も教えながら、魔法使いにしかできない街の依頼をこなしていくらしい。
ちなみに、魔法使いの仕事を生業にして生きていくと言い出したのは、まだ魔法使いになってすらいない澪の方である。
どこか疲れているような百合亜さんの表情に、少しだけ申し訳ない感情が湧き出る私。
急な話だったのに、こんなに早く話を進めてしまって、本当に良かったのだろうか。澪の方も、勢いで決めてしまった感じがするし…… まぁ、今更後悔しても手遅れだ。
せめて、私達がこれ以上、彼女らに迷惑を掛けないようにしなくては。
秒針の静かな音の中で、私はそんな百合亜さんに、「よろしくお願いします」と心の中でつぶやいた。
いつかは私も、この街で生きていくことになるのだろうか。




