65話 大きすぎる決断
紗羅への質問攻めが終わってしばらくすると、ようやく澪達が帰って来た。澪はさっきと全然違う、何か大きな決断をした表情で、何処か上機嫌に皆の前を歩いていた。それに対して、百合亜さんと男子2人は少し呆れた表情で、軽いため息をつきながら足を運ぶ。何があったのかは知らないが、きっと澪にとって良い事があったんだろう。自信に満ちた表情をした澪は、私の元へ駆け寄ってこう言った。
「やったよ雪菜! 私も、雪菜と同じ魔法使いになれるかもしれない!」
澪が嬉しそうな顔で私の手を握った直後、自身の身体は一時的にピシッと硬直し、頭の中が真っ白になった。
"澪が、私と同じ魔法使いになる?"
数秒後になんとか我にかえると、彼女と同じような嬉しさと安心が込み上げてきて、思わず口元が緩む。手を握り合って、ワイワイ喜びあった。澪が私達の種族に仲間入りを果たし、紗羅曰く減少しているらしい魔法使いが増えたことが、ただ単に嬉しかったのだ。
でも、少しばかり心配があった。魔法の訓練のような日常生活のこともあるけど、魔法使いになったらその仕事があるはず。百合亜さんだって、若干呆れた表情をしていた。きっと内心ではすごく困っている。魔法使いには専門の仕事があるのかと、気になって紗羅に聞いてみたが、それを生業にする人とそうでない人がいると答える。ふーん、扱えるだけの人もいるんだ。じゃあ、私が勝手に心配してただけなんだな。
と言っても、安全な魔法を使うにはきちんとした訓練が必要だ。そうして悩んでいる内に、百合亜さんが私達ににあることを告げた。
「繋木さんの友達なら多分大丈夫だろうから、記憶の補正はこれからの様子を見て考えるわ」
この言葉を聞き、みんなの記憶を消されないですむと分かったので、私はほっと安心した。そっと胸を撫で下ろし、友達が自分の正体を理解したままでいてくれるということに、小さな喜びを感じる。
それでもう一度、澪に魔法を教えるのは誰だろうと考えていた。すると突然、百合亜さんが険しい表情になって澪に話しかける。
「本当になりたいというなら、正式にこっちの世界の住人になってもらうけど、それでもいい?」
「え…… じゃあ、どうして雪菜はここの住人になっていないんですか?」
「彼女は、ある理由で魔法使いにならなければいけなかった。勿論、貴女も魔法使いになるなら、ここに来なければいけない理由ができてしまうの。だから、もう少し考えてみなさい。貴方が魔法使いになった時、本当に幸せになれるのか」
「分かってます。でも私、あの理不尽すぎる世界で生きるなんて、もう……」
「確かにこっちの世界は、貴女の世界よりも楽しいわ。でも、その分命の危険も伴うから、大切な家族や親友だっていつ失うか分からないの。それだけじゃない、貴女は家族や多くの友人の絆さえも、今の思いのゆくままに断ち切ろうとしているでしょう。そんなことをしてでも、魔法使いになりたいのかしら?」
百合亜さんの深く落ち着いた、事実を指し示す鋭い言葉に、澪は目を見開いて少しだけ怯んだ。
そのままうつむいて、何か、ぶつぶつと呟いている。
「……でも、やっぱり私、魔法使いになりたいです!!」
それは、澪の大きすぎる決断だった。迷いのない茶色の瞳に圧された百合亜さんが、彼女の強すぎる意志に思わずたじろぐ。その後、眉を深く寄せたまま伏せられた百合亜さんの顔から、こちらも説得しなければ気が済まないという感情が窺えた。それでも澪は、百合亜さんに負けまいと拳を握り締める。
『今思えば、ここで止めておくべきだった』
頭の奥で響いた、もうひとりの私の警告。
なんとなく、嫌な予感がしたのは、私だけだろうか。




