57話 水峰寺の椿
水峰寺の敷地の中には誰もいなかった。髪の短い二人の少女が、仲良く自転車を引きずっている。駐輪場所に停める時にできた砂利のくぼみの跡は、一体誰が綺麗にしているのだろう。余所見をしながら重い自転車を停めた二人は、そんな事なんて気にも留めずに奥に入っていく。
鞄の中、小人の指先は冷たかった。
「あれ、誰も来てないなぁ。今日は土曜日だから人がいるはずなのに」
「そうだね、何かあったのかも」
いつもの寺に、妙な変化があったのだ。
毎週土曜日に、お寺のまつぼっくりを拾いに来る子供達がいない。散歩の途中、奥の池で散歩の休憩をしている老夫婦もいない。せっせと落ち葉の掃除をする、近所のおじさんすら見当たらない。
違和感を感じる程、水を打ったように静かだった。いつもは汐浜区周辺の憩いの場なのに、人どころか動物や昆虫の気配すら全く感じられない。
ただ単に、本当に静かだった。
「今日は随分静かだなぁ。雪菜、一回奥に行ってみようよ」
「……駄目、そっちは危険だから行かないで」
澪が私を誘いだすと、私の頭の中で突然危険信号が発令された。背筋を指でなぞられるのとは少し違う寒気と、突然体の中身がごっそり抜かれた様な喪失感が私を襲う。
誰かが、そっちには行くなと警告してきたんだ。
私は今、どうしようもない程緊張している。登校後の教室で、忘れ物がないか確認している時と同じ、ひやひやする感覚だ。だから私は澪に声をかけたんだけど、やっぱり慣れた場所だから、思わず緊張がほぐれてしまう。
「えー、水峰寺はいつも遊んでるとこだから安全だと思うんだけど……」
「う、うーん、じゃあ一回確かめに行こう」
結局、止める事なんてできなかった。
寺の池の側、枯れかけた椿の花がポトリと落ちる。




