52話 月影の輪唱
突然白と黒に包まれた、水音の一つもない荒澤町を見渡した時、偶然私の視界に入り込んだのは一矢の姿。私の一歩後ろで、怪訝な表情をしながら少年を見つめる彼の瞼は、私がどれだけ近づこうがピクリとも動かない。車道側で走っていた車や、灰の空に群れる鳥達も、ここから見てみれば平面の世界に閉じ込められた写真の様だった。
環境の急変による緊張感で、なんとか周りを確認しながらも、あの少年からは目が離せない私。彼の髪は白から金に、瞳は金から紅に染まっていく。おかげさまで、さっきから私の背後にいてくれているはずの、見習い魔導師アレンの姿もうまく確認できなかった。こうなっては仕方がないと正面を向き直した時、その時私が気づいてしまったのは、私の左手に真っ黒な糸が巻かれていたこと。解けかけているその糸は、でこぼこになったコンクリートの地面に垂れ、そのまま少年の方にずっと続いている。
私の左手が自由になった後、肩にアレンの手が乗っていたような気がしたので、どうやら背後の彼も身動きは取れるらしい。
『ユ、キ……』
私の足先から約4m先の位置にいるその少年は、金の前髪から深紅の満月の様な瞳を揺らめかせ、私達にただならぬ殺気を放っている。対照的に、ここからでもハッキリわかる程の白い肌は、この空間の中だとより一層不気味に感じられた。
少年の重複した声が聞こえた数秒後、彼の身体は突然真っ黒に染まり、その足元の魔法陣からは無数の黒龍が飛び出す。地を蹴った人影の中で、ペンダントと瞳の紅い光だけが、黒い影の中で強く煌めいた。不気味な美しさに思わず見とれてしまったが、ここでようやく私の反射神経が復活。右手から出す魔法の照準を彼の腹部に合わせ、得意な氷魔法で大きな氷柱を生成し、とにかく彼の動きを止めることに専念しよう考えた。衝撃に耐える為に左足を後ろに下げ、静かに息を吹いた直後、私の右手の前に青白い光が生まれる。それを核にして開いたのは、見覚えのある碧い花。しかし、その花の名を思い出す前に、生成された鋭い氷柱は少年の腹を貫いていた。
ザシュッと小気味良い音がしたと思ったら、同時に私の頬には冷たい滴があたり、あまりの冷たさに一瞬だけ集中力が切れてしまう。こうして身じろぎをしたお陰で目が覚め、自分がしてしまったことの重大さを自覚した。
私は何をやってしまったんだ。魔女になって早々、人を殺すだなんて……!
もう一度氷柱にぶら下げられた少年の姿を見ようとしたが、そこには既に彼の姿はなく、ヒビ割れたアクアマリンの氷柱から、鮮やかな血液が滴り落ちているだけだった。それを見た私の脳内に溢れるのは、少年を取り逃がしてしまったという混乱と、ひとり取り残されたことによる恐怖。悪寒により砕け散った水の宝石を受け止めた、日々の雨に侵食されているコンクリートの橋でさえ、私を孤独の恐怖から逃がしはしないと言っている様だった。
今の状態で一番信頼できるアレンは、今、後ろに______
「雪菜、危ないっ!」
振り返った私の頭上に差し出されたのは、真っ黒な2つの刀。鋭い金属音を出してぶつかり合うそれは、片方は先程の黒い人影、もう片方は私が助けを求めようとした…… アレンだ。
私の手首を後ろに引き、私をシールドが張られた安全な地帯に下がらせる彼は、普段では見たこともないような真剣な表情で、対峙する影の少年を睨みつけた。腹部から僅かに血を流す少年は、アレンを見た途端に目を見開き、その刀をサッと消し去る。すると、みるみるうちに彼の闇は薄れていき、最初に見かけた時の姿に戻っていった。
半袖の白パーカーの腹部を紅く染めた彼は、先程と打って変わって呆れた表情。一方のアレンは突然の戦闘に若干表情を歪めつつも、少年を見てうーんと苦笑い。ため息をついた少年は、負傷した腹部を軽く押さえながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。アレンはどこか慣れた様子で、その少年に声をかける。
「もぅ師匠、こんな所で何をやってるんですか、怪我もしちゃいましたし…… とにかく今後一切、突然人に襲いかかるようなマネはしないでくださいよ!」
「あははー、1度刀を交えただけで息切れするヤツがよく言うぜ。まぁ、今のは流石にやりすぎたと思ってる。でさ、ちょっと話が変わるんだが……」
「……あ」
困り顔のアレンは放置され、真っ赤な瞳と真っ黒な瞳が鉢合わせ。先程まで死神のような容赦ない顔だったはずなのに、アレンと話す時は悪戯好きな少年の顔つきに変わってしまい、私の思考回路は混雑している。アレンに師匠と呼ばれる少年の、どこか寂しげな目元を見て、私は彼が言ったユキという単語を頭の中で巡らせた。しかし、彼はそんな状態も御構い無しのようだ。
アレンから目を離した瞬間、突然表情が冷めた彼に、私は思わずたじろぐ。
「なぁ、あんたがアレンの一番弟子ってヤツか?」
「はい、繋木雪菜です。さっきは大怪我をさせてしまって……」
「いや、この程度なら平気だ。こっちも突然攻撃して悪かった、謝る。それにしてもアレン、こいつって雪菜…… だったっけ、今月の新入りにしては中々やるじゃねぇか。俺は月影世羅、弟子のアレンはどうしても敬語がいいからってあのスタイルでいるが、堅苦しいのは嫌いだ」
「じゃあ、タメ口上等……?」
「そーゆーこと。……俺、お前によく似た友達がいたんだ。そっちの方がいい」
「りょ、了解」
私を睨みつけるような視線に、ビビることしかできなかった。アレンと私の温度差に引いている状態なのだが、何か悪いことでもやってしまったのだろうか。彼の冷えた表情には、寂しさも混じっているいうな気がしたので、ただ単に私を嫌っているわけではないようなのだが……
金の瞳に戻った世羅という名の少年は、この後アレンに耳打ちをし、「カレシは大事にしろよ」と意味不明な発言をしてどこかに消えてしまう。
同時にモノクロの空間は晴れ、一矢は幽霊がいたと騒ぎ出すのだった。それにしても、あの変色する髪と目、そして私達を襲ってきた理由は、一体何だったのだろう。
【月影 世羅】♂
《闇夜の淡い紅月》 戦闘方法:2丁拳銃、ナイフ、魔法など
〔好きな物〕彼岸花、チェス、飴 〔嫌いな物〕炭酸、掃除機、強い日差し
豆知識… 大怪我の常習犯。150cmで12歳。ビックリ低体温。
ひとこと「あー、俺猫舌なんだよなー。熱いのは苦手なんだよなー」




