38話 唐突な恋愛相談
「雪菜ってさ、好きな奴とかいんの?」
一矢が私にそう問いかけた瞬間、私はその言葉に耳を疑って、むせた。
現在帰宅途中、八百屋の交差点の前で信号待ちをしている。ついさっき、くすんだライトの信号機が赤になったところだ。
彼の言葉を聞いた時、何を考えているんだという率直な疑問と、どうにも言えない恥ずかしさがこみ上げてきた私。咳込む私を心配して、一矢は焦りつつも声をかけるが、彼の声は私の耳に届かない。
しばらくして咳が治った後、喉の痛みに顔をしかめる私は、少しだけむせた状況の事を思い出してみる。
彼の何気ない一言で、一瞬だけ頭の中が真っ白になった。そうして自分の体が完全に動きを止めると、既に口元に配置されていた水筒のお茶が、無防備な喉の方に流れ込む。
麦茶で制服が汚れなくて良かったし、本当に吹き出さなくて良かった。
なにしやがる、って言う前に……
「……それを聞いて何になる」
「気になっただけだよ、教えろよ」
一矢はニヤニヤしながら私を見つめるけど、そんな事を聞いたって何にもならないでしょ。
だって私、好きな奴とかはいないんだもの。こんな答えを聞いたって、あんたにとっては何も面白くないはず。
なんかアレンがワクテカしながら、こっちを見ている気がするけど…… 小人は関係ない!
だから、私は正直に答えよう。どれだけ彼に疑われても、いないという事実だけは動かないのだから。
「いない」
「本当か? 無表情で誤魔化してんじゃないだろうなー」
「はい、私はもう答えたから、次は一矢の番」
「はぁ!? そっちが教えねぇなら俺だって言わねえし!」
ほら、この通り。私がこう答えたなら、あんたは何が何でも言おうとしないだろう。
もしも私に気になる奴がいるのなら、一矢も素直に答えてくれたのだろうか。それとも、はぐらかされて終わったのだろうか。
そもそも、なぜ一矢は私の好きな人間を聞こうと思ったんだろう。
純粋に恋の応援をしたかったのか、弱みを握りたかったのか、会話を利用して自分の好きな人を知ってもらいたかったのか…… 考えるだけで、色々な憶測が頭から湧いてくるものだ。
他にも気になった事がある。"教えないなら俺だって言わない" という事は、好きな人がいる証拠とも考えられる。
これはまだ憶測に過ぎないが、もしも彼に気になる人がいない場合、私がいないと答えた後に俺もいないと答えられたはずだ。
動揺しているあたりが怪しいな…… ボイスレコーダーがあれば言質がとれたのに。
「馬鹿みたい…… ほら、早く行くよ」
「あっ、待てよ雪菜!」
交差点の信号が青になった直後、私は彼を放り出して横断歩道を渡り始めた。
鞄の中にいるアレンは、また一矢の方を見つめている。
彼の表情はよく見えなかったが、この間のような興味深々という顔をしているんだろう。よくよく考えるとほぼ同じ顔なので、大体イメージはつく。
でも、アレンが一体何に興味を持っているのかは、私も知らない。




