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勿忘草の丘  作者: 中さん
第1章 魔女の目覚め
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2話 交通安全に気をつけよう


「行ってきまーす」



これは家を出る時の口癖。家には誰もいないのに、いつも言ってしまうのは何故だろうと、早朝の寝ぼけた頭脳に問いかけた。

そんな頭に周囲を確認するような力があるわけがなく、頭上の煌めいている"何か"に気づけるはずもない。結局、首を上に曲げる気力が湧かないまま、私は家の外門へ向かってしまう。

しかし、長年使い続けた外門の隣の、郵便箱に入っていた銀箱には気づいた私。面倒臭さにため息をつきつつも、黄ばんだ郵便箱の窓を開けて、銀箱の中身をそっと……


『まだダメだよ』


突然私の脳内に響き渡り、朝靄がかかった思考を晴れさせたのは、もうひとりの私の…… 声? でも、私なんかよりもっとお淑やかで、荘厳な雰囲気が漂っている。柔らかいヴェールの内側に潜んだ冷たいナイフが、私の背骨をツーっと撫でているようだった。

金縛りのような感覚の中、軽いパニックに陥った私の脳内に浮かんだのは、幽霊という単語。いるわけがないと思ってはいるが、ひとりぼっちというこの状況が、私の心をより一層慌てさせた。

こうしてしばらく固まっていると、いつの間にか金縛りは解け、私は急いで門を開ける。そのまま門を急いで閉め、ひび割れた道路に出る私に襲いかかったのは、未だに肌寒い四月の朝の風だった。



「寒っ…… なんだったの、さっきの声」



肌を刺すような季節外れの冷風に押された途端、急に私の心が落ち着いて、さっきの恐怖が特に大したことがないように感じられた。それにしても、最近はやけに涼しい日が続いているから、風邪を引かないようにしないと。いつもは元気な叔母さんの頬も、ちょっと赤らんでいたし。

私は紺色の通学鞄を、ライフルケースのように片腕で背負い、凍え死にそうな寒さに身を縮めてとぼとぼ歩く。中学校の道は徒歩通学でも15分、時間にはまだ余裕があった。早く来すぎて門が閉まっていたら…… 開くまで待てばいいよね。

四月の僅かに冷たい風が、私の白い頬を撫でる。想像以上に外は寒く、外に晒された指先は少し赤く染まっているのだが、これが寝起きの朝に堪えるのだ。

その後、私は寒さを感じないようにただ歩いていた。偶然寒空を舞っていた鳥の群れに目を奪われ、自分自身がどれだけ不自由な身であるかと思い耽り始めた頃……

交差点の角から走ってくる人に気づかずに、そのままぶつかってしまった。



『うわっ』



気づいた頃にはもう手遅れだった。

近くに電柱があったおかげで地面に尻もちをつくことは免れたが、欠けた部分に触れて手を擦ってしまう。肩にかけた鞄が肩からずり落ちそうになると、ぶつかった彼が私の背後に回って軽く背中を押してくれたので、なんとか鞄についた御守りに傷をつけるような事態には至らなかった。

その時に視界の隅で自分の右手を捉えたが、僅かに赤くなった指先からは、血が出ているようには見えない。チリッとした熱を含む痛みが走っただけで、特に出血しているわけではなさそうだ。

そんな数秒の間に、バランスを取り直して相手の顔を見ると、つい昨日会ったばかりのあいつがいた。



「ご、ごめんなさい! ………あれ、雪菜?」

「……なんだ、一矢か」



別に少女漫画のような展開を期待していた訳ではないが、相手の呼びかけに答えた割には変な言葉が出てしまった。しかも、自分でもびっくりするくらいの低い声で、恐らく私の眉間にはヒビが入った様にしわが寄っているだろう。

私がぶつかった相手は、今朝私が頭に思い浮かべていた少年、榎原(エノハラ)一矢(イチヤ)だった。鞄をリュックサックの様に背負う姿に、何処か親近感を覚えるのは何故だろう。

こうして呆然と見つめあう時間にも、雨上がりの湿った道路の上を、仲間とはぐれた小さな蟻が歩いている。


呆然と立ちすくむ私達にとっては、少しだけ長く感じられた。


彼は今、予想外の言葉を叩きつけられて悲しんでいるのだろうか。元から相手を気遣うような仲ではなかったせいか、こういう時に冷たい言葉を放ってしまいがちなのがよろしくない。彼は元々拗ねやすい性格だから、気をつけなければ少々面倒なことになるのだが。

……表情を見る限り、どこか不満そう。



「悪かったな、俺で。折角だし一緒にいこうぜ」

「う、うん」



なぜかこいつと一緒に学校へ行くことになった私。ちゃっかり腕を掴まれているのだが、こいつは一体何を考えているのだろうか。私が歯を磨きながら悩み続けていたのを知らないで、悪気など全くない状態でこんなことをするなんて…… 彼は天然か、天然なのか!?

そんな一矢の行動に驚かされ、動揺を隠せない私。さっき掠った指先の痛みが僅かに残っていたお陰で、私の浮き足立った精神は天に昇らずに済んだのだった。

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