37話 イタリアご飯を食べてみたい
澪の情報をメモ帳にまとめた後、下校の準備を始めた私。名簿番号順でも背の順でもない、不規則な並びの席を眺めながら、木屑のたまったロッカーに手を伸ばす。
擦り切れた名前シールをそっとなぞり、勢いよく引きずり出したのは紺色の鞄。その鞄にはもう、喫茶店のオーナーの娘さんに貰った不思議な御守りは、ついていなかった。
今は魔法使いの修行の為のバッグの奥で、アレンの銀箱についていた髪飾りと共に、大切にしまわれている。
何故こんな規則性のない席になっているのかというと、実は入学式の後に、うちの担任の先生がふざけて席替えをやったのだ。その後名簿番号順に戻すのが面倒くさくて、結局このまんまというのが、我々6組のやり方である。
正直いうと席替えという行事は思いのほか大変で、机を移動させる位置まで距離があったりすると、他の机にぶつかりやすくて大変。運が悪いと指を挟まれたりするので、周りをよく見ないといけないし、実際に挟まってめっちゃ痛かったし。
……それに、酷い場合は隣や同じ班になった人を見て不満の声を漏らす奴とかいるし。気持ちはなんとなーく分かるけど、やられると傷つくんだよね、あれ。
って考えると、誰にでもにこやかな笑顔を向けてくれる勇助は神。
ちなみに彼は荒澤東部小学校出身で、中央部から近い場所に住んでいるらしい。
「勇助マジで神様」
「えっ、いきなりどうしたの繋木さん」
小学校ではクジでやる先生とかいるし、ある程度ルールを守れるなら好きにやっていいとか言う先生もいるけど、結局修正するし。
だったら勝手に決めてくださいよー、本当に嫌だったらちゃんと言いますからー。
あ、言い忘れてたけど、今は帰りのほーむるーむってヤツの後の空き時間。体操服の上に制服を着直して、机の中の用具を片付けたところだ。
折角暇なんだし、ルシアが中学生になるまで住んでいたヨーロッパの、イタリアのご飯について聞いておこう。
今後の役に立つことは、もしかしたらないかもしれないが。
「ねぇルシア、イタリアのご飯ってどんなのだった?」
「え、そんな事もう覚えてませんYo! 物の味なんてそう長いこと記憶できませんしー」
「えー?」
「じゃ、じゃあ、暇潰しにちょっとした問題をだしますよー、これで雪菜も雑学博士デス! 人間は人のことを、何から忘れていってしまうでしょう?」
「あー、なんだったっけ。私が聞いたことあるのは声だよ。それでも、死期で一番最後に残るのは聴覚なんだって。それで、正解なの?」
「多分正解だと思いますよ、私が聞いたことのある話ではそういう感じでした! でも切ないですよね、どんなに大切な記憶でも、いつかは泡沫のように淡く消えてしまうんですから…… 雪菜にも大切な人がいるんですかねー」
ふむ、イタリアのご飯については詳しく聞けなかったものの、ルシアの頭に私と同じようなものが詰まっていることは分かった。
太陽のような明るい表情に隠れた寂しげな感情が、彼女の笑みから溢れそうになった気もしたが、その顔を見られたのは一瞬。私は気にする間もなく彼女の顔を見つめ、人の声…… と静かにつぶやく。
一度の人生のうちに特に使うこともないだろう無駄な雑学を、ルシアが知っていたのは意外だ。ネットで見たことがあるのか、それとも彼女の御両親が博識なのか……
そもそもセグレート家は何人家族なのだろうか。彼女の事に詳しくなるうちに、新たなる謎が生まれてしまったようだ。
イタリアのご飯は、現地に行って食べないといけないかなぁ。




