35話 兄貴は辛いよ
今日もまた、小さな交差点の角で一矢と待ち合わせ。大抵の場合は、私が来た後に一矢が走ってやってくるのだ。朝が苦手で見事に寝ぼけながら突っ立ている私は、ヒビ割れたアスファルトの地平線を、焦点も合わせずにボーッと眺めていた。そんな地平線の向こうにヌッと現れたのは、真っ黒な学ランを着た小さな中学1年生。一矢にしては随分と珍しく、全く走って来なかった。
鳩の群れが羽ばたく穏やかな朝日の光を、一切顔に浴びることなく歩く彼。いつものアホみたいな元気がなく、少々不機嫌だ。また、いつもの様に拗ねているのだろうか。
「どうしたの、元気ないけど」
「昨日さぁ、柚香が俺のゲームのセーブデータ消してさぁ。片方は無事だったけどさぁ」
「はい、どんまい」
「一番上の子って辛いよなぁ!?」
「私、ひとりっ子」
「ああああああ」
私がひとりっ子だと知っていたはずの一矢は、もう一度その事実を再確認した後、弱々しく嘆きながら頭を抱え込んだ。なんたって私、ひとりっ子ですから。貴方の気持ちも何もかも、勝手にイメージすることしか出来まセン。
ちなみに、柚香というのは一矢の妹であり、あだ名はゆぅちゃん。それにしても、こんな小さい人が兄ちゃんだなんて。昔は次男かと思ってたけど、全然違ったわけである。
そっくりさんのアレンには、そもそも家族がいるのだろうか。
「母ちゃんが、"叱っておいたから許してやって~" だってさ。酷いだろ?」
「そうやって全部言いくるめられて終わるんだろうね」
「あ…… うん……… 」
いつもと同じ道を無言で歩いていくと、昨日夢に見た2匹の猫が、時折じゃれ合いながら目の前の道路を横切った。恐らく、白猫の方は亜瑠斗さんの飼い猫だろう。私は猫達の姿を目で追った後、何事もなかったかのように歩き出す。たとえ一矢がそのことについて聞いてこようが、私は答えない。猫はもちろん好きだが、今日はあの夢の事が気になってしょうがないのだ。だから、彼に対してまともな答えは返したりしない。
「澪の家にも黒猫の置物あったよな~」
「……あ! そうだ、思い出した。やばい」
すっかり忘れていた、アレンが気になっていた事。夢にも出てきていたはずなのに、どうして頭の中からすっ飛んでいたんだろう。澪の置物の事、片付けられてしまう前に聞かないと、もしも危険な物だったら…… こうしてはいられない、早く澪に合わなくちゃ。
「何を思い出したんだよ」
「何かを思い出した」
「何だよ」
「何かだよ」
「教えろよ」
「やだよ」




