表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勿忘草の丘  作者: 中さん
第1章 魔女の目覚め
3/176

1話 憂鬱な朝


「………っは!!」



驚いて、目が覚めた。

ゆっくり深呼吸をして、未だに激しく脈動する心臓を押さえつける。突然襲いかかった息苦しさに耐える為に、いつの間にか掛け布団を握りしめていた。



「何、今の夢…… 碧い丘に、子供が2人……… なにあれ」



細い指先を四つ葉のクローバー柄の布団に突き立てて、グッとシワをつくる。その不思議な夢を思い出す前に、私の浮ついた頭の奥から、ぶわりと現実の記憶が飛び出してきたからだ。

今日は確か、嫌で嫌で仕方がなかった入学式を過ぎた、次の日。白い部屋の壁に貼られた、和紙のカレンダーを見る限り、恐らく今日は金曜日だろう。

正確に時を刻む目覚まし時計が、私の心臓を次第に落ち着かせていく。ドクドクと脈打っていた血管は正常な速度に戻り、今は両手の指先が僅かに震えているだけ。

私、繋木雪菜は、細く小さな肩を縮ませて、白い頬を伝う冷や汗を拭った。



「ふぅ…… ホントに大丈夫かな」



私は、まだ疲れているのだろうか。恐ろしく気分が悪い。

ノイローゼの対処は早めがいいらしいが、生憎そんな病気にかかっているような気はしない。

そうだとしても、今日は私にとって、どうしようもない程やる気の出ない日だ。しかも、昨日のクラス替えで、小学校の時に仲が良かった子達とも離ればなれになってしまった。よりによって1番の親友の(ミオ)とも別れることになるとは...... 日頃の行いは悪くないはずだが。

明日、澪と一緒に遊べる事だけが、私の心の支えだった。

本当に、この割り当てを決めた人間を地獄の底に叩き落としてやりたい。

ぶっ殺す…… などという物騒な言葉は、さすがに表に出すわけにはいかないか。きつく蓋をしておかなければ。


重いため息をつきながら、私はベッドの棚の上に置いてある、古ぼけた黄色い目覚まし時計に目をやった。青と赤の針が指し示す現在の時刻は、午前6時半。小学校の時よりも、10分程起きる時間が早い。

しかし、学校の登校時間はまだまだ先なので、もう少しゆっくりしていても大丈夫だろう。



「珍しい、なんでこんなに早く起きたんだろう……」



先程の夢で目が覚めてしまったので、仕方なく家の急な階段を降りて居間に向かった。

季節外れのこたつが置かれた居間には誰もいなかったが、私にとってはいつもの事だ。何も気にしていない。物心つく前に父さんは亡くなり、母さんは仕事の都合で海外に行ってしまった。たまに会いに来てくれる事もあったが、私が5歳くらいになってからはもう、随分長いこと会っていない。


だから今は、親戚の叔母さんと一緒に暮らしている。


私の両親、特に亡くなった父親のことのほとんどは、叔母さんが教えてくれた。ただ、顔も覚えていない両親の名前は、何故か教えてもらえなかった。私自身、尋ねる必要もないと思っていたから、叔母さんも言わなくていいと判断しているのだろう。

実際、両親が家にいなくても、特に困ることはなかった。

叔母さんは仕事が忙しいから朝が早いけれど、寂しくなんかない。今までこんな風に、ずっと生活してきたから。

カーペットの上でぼーっと突っ立っていると、真っ黒なテレビ画面に私の爆発した頭が映る。直すのは大変だな…… と思いつつ、私はちゃちゃっと朝食を食べ終えて洗面所へ向かおうとした。

その直後、テレビの隣に置かれている電話から、大きな呼び出し音が鳴り出した。プルルルルという威勢のある音に反応して、思わず身体が跳ね上がる。

積み上げられたメモ帳の山の奥に、光る画面の文字が見えた。親機に電話をかけてきたのは、今さっき私の脳内で話題になっていた、あの叔母さんである。



「あー、もしもし…… 叔母さん?」

「申します申します、おはよう雪菜ちゃん。今日の夕飯は何がいい?」

「朝食後に言われても困る…… あぁそうだ、今日は良い魚が入ってるらしいよ。金目鯛の煮付け、あったらヨロシク」

「了解でーす。もし鯛が無かったら、いつものカレイにするね」

「はーい、お仕事頑張ってください」



暇人の叔母さんを軽くあしらった後、多方向へ飛び出した寝癖に悪戦苦闘した私は、シャカシャカと歯を磨きながら考えた。

私の幼馴染の一矢(イチヤ)、彼だけでも同じクラスになれてよかった。そういえば、一矢とは小さい頃からのライバル仲だった。

でも最近の一矢は、普段よりよく声を掛けてくるというか、遊んでいる時も距離が近すぎるというか、とにかく小学校の時以上によく話すようになった。

昨日だけの僅かな時間でも、小学生時代との違いを実感させられる程、本当に会話が多くなったのだ。

あんまり回数が多いと、さすがの私も気になる。

鬱陶しいというわけではないが、少々お友達のニヤニヤした顔が気になるというか……

自分自身が相手に必要とされているように感じて、くすぐったい感覚が心の奥で疼くのだ。

彼の行動も、度が過ぎると個人的に危険になってしまう。

少なくとも私の母校である荒澤中央小学校の人間は、嘘か本当かも分からないような噂を流す事が趣味らしく、特に恋愛モノは大好物。

私の親友である(ミオ)は噂を流したりしないタイプだが、とにかく恋愛モノが大好きなので、うちの学校の人間である事は確かな様だ。

どうしよう、そんな澪に彼のことを相談したら茶化されるかもしれないが…… ここは腹をくくって、正直に言ってみるべきか?



「でも、私の思い違いかもしれないし……」



こんな事を考えていたって仕方がない、さっさと準備をしてしまおう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

匿名での感想・評価

感想はこちら

※感想掲示板 雫封筒(外部)へ移動します

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ