26話 ぶどうPan
現在午後3時半、特に過酷でもなんでもない魔法の訓練を終え、私達は苔の生えた庭石の上でおやつを食べている。叔母さんがもったいないからと言って台所の冷蔵庫の中にしまっていた、賞味期限ギリギリの手のひらサイズのぶどうパン。
賞味期限ギリギリか…… なんてことは、絶対に口外してはいけない。ギリギリであっても、一応このパンは喫茶・夕霧の美味しい商品だ。
他のおやつを買ってこられなかった(買い忘れた)叔母さんや、しょっちゅうパンを焦がしてお裾分けしてくるオーナーさんが悪いわけでもない。
だから何も考えるな…… 考え込みながらそのパンをかじっていると、まだ冷えているせいなのか、少しだけ変な風味が舌に残った。
「ねぇ雪菜、やっぱり物理の力って凄いよね! なんかもう色々と」
「説明しきれてない時点でアウトだと思う」
「えー」
初の訓練に緊張していたらしいアレンは、さっきとは何の関係もなさそうな話をしている。適当に聞き流す私は、うーんと伸びをして、体温で少し温かくなったパンをかじった。
私はこのパンが一番好きだ。そこらのパンよりも、ずっと好き。
理由なんてものは無いだろう、私はただ好きなんだから、好きに理由なんて必要ない。見事なまでに語彙力のない私には、このぶどうパンの素晴らしさを語ることは出来ない。
もしかしたら、それはアレンも同じなのかもしれないな。何か話したい事があっても、記憶喪失のせいで私に何かを伝えられないなんて…… なんだか虚しい気持ちになる。
「はーいここで澪さんのモノマネです! ……むっふふ、休憩時間は終了ですぜぇ、雪菜殿?」
「家にいる時間くらい自由にさせておくれよ、チビ」
「じゃ、じゃあ、猫の置物の事と僕を実物大に戻す事、どっちがいい?」
「置物は来週澪に聞いておくから、面倒なあんたを何とかしなくちゃいけない」
「面倒って…… 確かにそうだろうけどさぁ、なんかさぁ……」
面倒と言われて軽く拗ねるアレンと、動じない私。午後は魔法の練習ではなく、ぼーっとしながら日常の出来事を話し合っていた。
午前の練習で分かった事といえば、私は普通に魔法を使う事や魔法の弾幕を作り上げる事が得意なのに対し、持ち前の運動神経の無さのせいで箒や武術系統があんまりよろしくない事。
教えればある程度のことは出来るのだが、体をよく使うタイプの技術の応用が下手なんだとか。ボールを投げる体勢をすぐに覚えるのに対し、あんまりボールが飛ばないというのがいい例。
………いや、それはそれで違うか?
とりあえず、今はアレンを実物大に戻さないと。このままの状態だと、何処でもひょこひょこ走り回る上に、小さくて危なっかしいんだから。
私の魔法で何とかならないか…… ねぇ、手のひらサイズの可愛い小人さん。こっち向いて。
そうだ、もしもアレンの助けなしで魔法が使えたら、彼は驚くかな。
きっと、優しい笑顔にパァッと花を咲かせて、瞳を輝かせながら褒めてくれるはずだ。
試してみようと思って彼に手をかざせば、あとは原寸大に戻れと、頭の中で思うだけ。
たった1回くらいなら、試してみてもいいよね。
「ん? どうしたの、雪菜」
小さな望みを持ちながら、指の先を小さなアレンに向け、さっと振り上げた。
ぽふっという可愛らしい効果音とともに、アレンはふわっとした綿飴、あるいは冷たいドライアイスのような霧に包まれる。
彼の姿が見えないまま、だんだんその霧が大きくなっていき、それと同時に私の不安は大きくなるばかり。声も掛けられないまま唖然と立ち尽くし、動くことができない私の指先さえも、青白い霧が柔らかく包み込んだ。
しばらくそのままでいると、霧が晴れて中身が見えてきた。約15cmの小さな体は見えず、そこにいるのは、私と同じくらいの背丈の……
「アレン!」




