19話 203号室の白猫
小動物には変身できるというアレンが、見て見てと言って手招きをした直後、彼の足元から青白い光が漏れ出す。淡い光に包まれた彼をもう一度確認した時には、そこには身長15cm程のアレンではなく、美しい水色の小鳥がいた。
彼は私が昨日つくった茶色いショルダーバッグの中に入り、バッグの中にいる間はテレパシーで会話しようよと提案する。正直、脳に直接語りかけられるのは変なイメージしかないのだが、これも魔法使いの宿命として受け止めておこう。
「よーし雪菜ちゃん、行こうか!」
「叔母さん、財布は持った? あと髪の毛はちゃんと結んで」
「お財布はちゃんと持ったから、黄緑色のゴム探すの手伝ってー」
眉にかかりそうな前髪はパッツン、普段はセミロングの髪を軽くまとめている彼女だが、やはり髪を下ろした所を見ると違和感しか感じない。朝からだらしない叔母さんの本日の私服は、全体的に緑色だ。黒いリボンをつけた白のブラウスの上に、黄緑色の毛糸でできた手作りカーディガンを羽織り、風に揺れるロングスカートは臙脂色。その下に真っ黒なタイツを履いた後、ブラウンのレースアップブーツを着用している。
相変わらず、首には深い青色の宝石のペンダントがかけられていたが、これはなんの石なのだろうか。原石を先端が鋭くなるように磨いて、鋭くない方に穴を開けた後、黒い紐を結んだだけの代物なのだが…… その紐をよーく見てみると、小さな紋様が描かれているのが分かる。また、宝石の中にも謎の紋章が刻まれている。何か見覚えがあるような、ないような……
「はい、テレビの前にあったから、喫茶店に着くまでにちゃんと結んでよ?」
「ありがとう雪菜ちゃん! そうよね、あそこの喫茶店のアルバイトの人は、身長が高くて男前なイケメンさんなんだから…… ふふふ、また会えるかなぁ〜!」
「えっ、一応求人募集はしてるらしいけど、私が最後に行った時はアルバイトの人なんていなかったよ?」
「あらら、去年の6月くらいから長いこと働いてらっしゃる方がいるんだけど、雪菜ちゃんは知らなかった?」
「イケメンかぁ…… 叔母さんのタイプ?」
「どうかなー?」
話をはぐらかして先を歩いていく叔母さんを追いかけると、お目当ての喫茶店の先に小さなアパートが見えてくる。アイビーの葉に包まれかけた塀の上で、昨日一矢と見た白猫がちょこんと座り込み、小さな欠伸をしていた。その後こちらに気づいたのか、美しく光る青い瞳を開いた白猫。塀から飛び降り、いそいそと私の足元へ寄ってきた。
甘い鳴き声で私の水玉オレンジの靴下に擦り寄る白猫に、思わずしゃがみ込んで頭を撫でる。途中から参戦した叔母さんと一緒に、しばらく観察して分かったことだが、どうやらこの白猫はメスみたいだ。
首にかけられた銀の鎖のペンダントの先に、ひし形で水色の宝石が煌めいている。私が今バッグの中に入れている、謎の御守りとは違うのだが、何かが共鳴しているような気がしてしまう。何か関係があるのかと思って、首をかしげる白猫のペンダントにそっと触れると、彼女は私の腕をすり抜けてアパートの方へ帰って行ってしまった。
そのままアパートの2階の柵に飛び乗った彼女は、また欠伸をして空を見上げる。彼女の後ろの青い扉は、恐らく203号室。ここのアパートはペットOKだから、あそこの部屋の人が飼っているのだろうか。
「にゃんこ……」
「繋木家は代々猫派が多いからね。私のお兄ちゃん、つまり雪菜ちゃんのお父さんは、黒猫が大好きだったから、よくその絵を描いてたんだけど…… 雪菜ちゃんは白猫が好きなの?」
「勿論白猫や黒猫も良いけど、私はキジトラが一番好き。それにしてもあの白猫、アパートの203号室で飼われてるのかな……?」
「多分そうなんじゃないかなー。あの気怠げな大家さん、ああ見えて動物好きだからペットOKだし。私が聞いたところによると、今から会えるアルバイトの人が飼い主っぽいよ」
「ふーん」
木製の大きな扉を押すと、上の小さな2つの鈴がリーンと響く。その瞬間、私達の鼻先を掠めたのは、様々な種類の珈琲とお茶の深い香り。私は叔母さんに手を引かれて、パステルグリーンのカウンター席へ腰掛けた。
ここが私の近所の喫茶店、夕霧だ。




