18話 碧く輝く御守り
随分と騒がしかった昨日は過ぎ去り、温かい布団の向こう側から雀の声が響く早朝。碧いカーテンに遮られかけた太陽の光は、薄い布の繊維の隙間から僅かに漏れて、私の左手に握られた"あの御守り"を輝かせていた。
いつもは学校の鞄につけられていたはずなのだが、何故か今は私の左手に…… そんな感じで多少考え込みはしたが、比較的朝に弱い私の脳が、目元に襲いかかる眠気に勝てるはずもなく。
せめて二度寝することがないようにと、重たい身体を無理矢理動かして下に降りて行こうとした。
おっとその前に、押入れの銀箱の中で寝ているアレンを起こさなければ。そう思って押入れの扉を開け、小さな彼の脇腹を軽く突くと、うーんという声を上げながらむくりと起き上がった。
「あ、おはよう雪菜。もしかして、雪菜って朝に弱いタイプ?」
「うん…… アレンは朝に強いの?」
「どうだろう、疲れた日はずーっと寝ていたいけど」
「ふーん…… とりあえず下に行くから、肩に乗って」
「了解!」
元気なアレンが羨ましい私は、ずり下がってくるパジャマを肩のところまで戻し、物体浮遊術でアレンの身体を浮かせる。
そのまま彼の浮いた身体を肩まで移動させて、彼がそこに着地するのを待った。
さっさとここを離れないと、また二度寝しそうだな……
左手に握られた小さな御守りを、学校の鞄につけ直すことなどすっかり忘れて、私はアレンと一緒に居間へ向かった。
それにしても、登校中に可愛らしい白猫が目の前に座っていたり、突然現れた小人に魔法使いになって欲しいと言われたり、昨日は本当に色々なことがあったな。正直今でも、長い長い夢を見ているような気がしてならない。しかし、疑いながらも青い光をイメージすれば、指先に儚げな結晶が散るのも事実。光を出した右手の指先は、魔法の冷気で少し冷えている。ゲームでありがちな火・水・雷などの魔法の属性のうち、個人的には氷魔法が使いやすいのだが、アレンがいた世界の魔法使いにも、種族によって属性があるのかと尋ねてみようか。
「うーんと、記憶が曖昧だから正確なことは言えないんだけど、昔は魔法の属性が偏った種族もいたような気がするなぁ…… でも、普通の魔法使いは全体的にバランスが良いから、得意な魔法があったとしても大きな差はなかったと思うよ。僕を含めて、僕の住んでいた街に住む人のほとんどが、そういうタイプだったと思うんだけど……」
「普通の魔法使いと言っても、どっちにしろ数は少ないんだよね。ちなみに、アレンの師匠はどんな魔法使いだった?」
「あー、うちの師匠やその妹さんと弟さんは、特殊なタイプの人だったと思う。特に師匠は単独戦になると凄く強くて、怪我はしやすいけど全然死ぬ気配が見えなかったよ。正直言っちゃうとチー…… 本人に許可を貰ってからにしようか」
苦笑いをするアレンを机の上に置き、私は未だに片付けられていないこたつに入る。叔母さんと私の趣味で買った、上の棚にあるアンティークな置き時計を見上げると、金色の針がさすのは午前9時。1階に誰もいないとなると、昨日私と同じくお疲れだった叔母さんはまだ、私の部屋の近くにある彼女の寝室で熟睡中のはず。
ひとりで朝ごはんを準備しようと思い、炊飯器と冷凍庫を覗いたが、炊かれたごはんや冷凍ごはんは見当たらない。電子レンジの上のお菓子置き場である棚も開けたが、そういえば食パンは昨日の朝になくなった。買い出し当番の叔母さんは昨日、アレンの件で買い物に行けていない。昨日は私やアレンと会話をし、夕食を食べ終えた後、彼女はそのまま自室にこもって出てこなかった。それから顔を見ていないが、今もまだ眠り続けているのだろうか。
どっちにしろ、彼女を起こさなければ朝食を食べられない。今日は近所の喫茶店でモーニングを注文するしかないか……
「アレン、2階にいる叔母さんを起こしに行こう。朝ごはんはきちんと食べておかないと、絶対身体に悪いから。学校がある時は特に、ヘタしたら倒れるから」
「叔母様も朝に弱いタイプなのかなー」
「どうだろう、確認したことがないから分からない」
もう一度私の方に乗ったアレンと会話をしつつ、今度は階段を駆け上がっていく私。ひたひたと響く裸足の足音が、階段の壁の間で小さく跳ね返った。スライド式の扉をノックしても反応がないので、出来るだけ開閉音が大きくならないようにゆっくりスライドすると、机に突っ伏して熟睡している叔母さんがいた。
昨夜に一応シャワーは浴びたらしく、首にはピンク色のタオルが巻かれている。彼女の側には多くの資料が置かれており、白い紙の隅には私が今も握り続けているあの御守りが描かれていた。資料の文字に目を通す気にはなれなかったので、私は叔母さんの肩をゆすって口を開いた。
「叔母さん起きて、喫茶店でモーニング食べないと」
「う〜、あの店の内装大好き〜」
「なら早く着替えて行こうよ、寝惚けてないで!」
「食パン買ってなくてごめんなさーい」
意味不明な発言を繰り返す叔母さんを引っ張り、私も着替えて身支度をする。彼女は一度立ち上がれば意識がハッキリするので、私と違って寝起きで機嫌が悪いということはまずないのだ。
というわけで、あの不思議すぎる御守りは左手に握り締めたまま、私のご近所の喫茶店にしゅっぱーつ。




