16話 信じてもらいたくて
「叔母さん、ちょっとこっちに来て」
「はーい、今行くー!」
未だに風邪気味で鼻声の叔母さんがそう答えると、さっきまで流れていたガスや水道の音がピタリと止まる。
数秒後、風邪気味故に少しばかり顔が赤い叔母さんは、お気に入りの碧いハンカチで白い手を拭きながら私の所まで歩いてきた。
小さなエプロンは黄緑、網状脈の葉っぱ柄。叔母さんは自然が好きだから、緑や青の小物が多いんだろうな。それにしても若々しいその表情、叔母さんって呼ぶのが申し訳ない。
まだ30代前半なのに…… ちなみに本名は繋木直美さん。私の恋愛事情は気になるくせに、自分の結婚相手は全く決めようとしない方なのだ。
この歳になっても良い話がないというのは、正直言って超心配。
結婚願望がない人なのかとも思っていたが、今までの様子を見ていると好きな人がいる様子。と言っても、その想い人に恋をしたのは約20年前の話らしいので、計算すると思春期の入りかけ…… とっても可愛らしい、甘酸っぱい初恋の時期ではないか。きゃー。
さーて、時は来た。さっき会ったばかりのよく知らない小人を捨てる覚悟はある。肺の中いっぱいに酸素を取り込み、それを思いっきりはき出した私。ただでさえ鋭い目つきで怖いと幼児に泣かれた顔を、より怖くするように眉を寄せ、私は背中に隠した小人を叔母さんの前に出す。アレンはその箱の中央で、石像にでもなったかの様にじっと正座をしていた。
………おいこら。
じっとしていたら人形に見えちゃうじゃないか、この馬鹿。
心の中でそうツッコミを入れつつも、すっと顔を上げて叔母さんの表情をうかがう事は忘れずに。
叔母さんの表情は、確かに驚いていた。目を見開いて、あっと驚いたかの様に口を開けて。けれど、その中に怒りの感情はみられない。どういう訳だか、キラキラと目が輝いている。本当に輝いている訳では無いが、叔母さんの黒い瞳から金色の光が飛んできているような気がした。
ごくりと唾を飲み込む。全身の毛は逆立ち、短く切られた髪の隙間から静かに冷や汗が流れた。
叔母さんなら、多分最後まで話を聞いてくれるだろう。どんなにありえないような事でも、うんうんと首を傾げながら、とりあえず聞いてくれると思う。
それは、私が小さい頃からずっと変わらない。叔母さんだけは私の事を理解してくれたし、私を心の底から愛してくれていると、私自身が知っているから。
実際、数ヶ月前に自分で作った物語を、微笑み頷きながら聞いてくれた。情景描写も人物の心情も上手く書けないような、ましてや話の進行すら不安定な代物を、叔母さんはじっくり読んでくれた。
彼女は、この世界の中でたったひとりしかいない、私の唯一の理解者だから。
だから、私は叔母さんを信じている。きっと分かってくれるはず。
「……雪菜ちゃん、この子って小人さん?」
「う、うん」
いつもの優しい声で、私に話しかける叔母さん。本人は驚きの感情を隠しているつもりかもしれないが、こちら側からしてみればこの小人に興味津々なのがバレバレである。
そんな可愛らしい叔母さんの様子のお陰で、ガチガチに緊張しまくった私の表情筋はほぐれ、なんとか手のひらの上にいるアレンの説明を始めることができた。




