106話 日之影家が継ぐ魔導書
世羅の治療が終わった後、私達はケミストリーの街にもあるらしい、洒落た商店街へと足を運ぶことにした。あんなに迷ったはずの森も、クラーレさんやルピナスちゃんがいればすんなり抜けられる。その足取りの正確さに、呆気にとられた紗羅は、自分自身の不甲斐なさにしょんぼりしているのだった。
「うぅ、ここまであっさり抜けられるなんて〜」
「そんなに気を落とさないで頂戴、こればかりは仕方がないわよ」
「でもやっぱり、クラーレさん達は凄いわよね。ここに来てまだ1年なのに……」
アルセニック湖に続くサフィロの花がほとんど消えてしまった事に関しては、城跡にいた魔物達も関与しているらしい。
私達がのんびり移動している間、クラーレさんは百合亜さん達が住む街の歴史を、これでもかという程教えてくれた。日之影家と共に政治を行うフェアヴァルト家のこととか、百合亜さんの街に魔法使いが多い理由が神話で語り継がれていることとか。
あぁそうだ、それに付け加えて、日之影家のエルティエの魔法使いとはどういう事かも教えてもらった。
まず復習だが、現在のエルティエの魔法使い=日之影家の百合亜さん。そのエルティエは代々伝えられてきた魔導書のことなんだとか。なので、百合亜さん=エルティエの魔導書を継いだ現在の魔法使い。
だから、日之影家はエルティエの魔導書を継ぐ、大魔法使いの血族というわけだ。なんとなーくだが、エルティエ意味は分かったような気がする。
……ちなみに、エルティエさんという人物は存在しないらしい。
もっと言ってしまうと、エルティエというのは魔法使いではない人達の間で通じる造語で、本当の名前は他にあるんだとか。
「たまーに勘違いする人がいるのよ、貴方達みたいな可愛い子達が」
「クラーレさん、くっつき過ぎです。苦しい……」
「あらら、ごめんなさい雪菜ちゃん」
「だ、大丈夫ですよ……」
桜さんはあの木に秘密基地を作った張本人であり、今は既に故人。それは、種族不明で普通の人間なのか分からないと言われた、地味に可哀想な満さんも同じだ。
苗字は妻の方に合わせたらしいと、クラーレさんが髪を左耳にかけながらつぶやく。その時見えた碧い宝石のイヤリングが、とても綺麗なシュガーローフカットだったせいで、見惚れて転びそうになったのは秘密にしておこう。
最後の情報として、百合亜さんの妹の知里花さんは、魔法よりも馬術や槍の扱いの方が優れているそうな…… で、彼女は瞳の色が父親似らしい。
うーむ、後ろで一矢は泡を吹いているので、それなりに難しい話なんだな。
なんだか凄くごちゃごちゃしたが、少しだけ靄がすっきりした気がする。生業である医学だけじゃなくて、よその街の歴史も強いのか、最強だなこのお医者様。得意なのは記憶教科だけと言ってはいるが、その割には難しそうな哲学書がお好きなのですね。
「哲学書とメモ帳、あとは真っ赤な林檎を買いに行くわね」
彼女の買いたい物リストの中には、先程話をしてもらった百合亜さん達の街への贈り物も、いくつか含まれている。そこに"林檎は西の屋敷"と書かれていたのを見る限り、フェアヴァルト家の人々は林檎が好きなのだろう。
そのまま私達はクラーレさんに引き連れられて、ケミストリーの街の買い物を楽しんでいた。百合亜さん達の住む街とはまた違う、この街の流行の最先端を掴み取ったスタイルだ。ガラス越しに映える可愛らしい人形達が、可愛いもの好きの紗羅の目を奪い、付き添いの雷華さんは完全に上の空。一矢の方は勇助や世羅の手を引き、店の入り口に飾られた戦士の針金模型を見つめていた。
「あ~、楽しかったわ! たまにはこういうのも良いわよね」
「そうねぇ。お目当の品はちゃんと買えたし、雪菜ちゃんもくじ引きで三等を当ててくれたし」
「い、いえ、偶然ですよ」
買い物の後、私達は百合亜さんの街へ向かおうとしていた。私はクラーレさんに頬をつんつんされ、動じながらも彼女に言葉を返す。実は私、箱の中から取り出すタイプのくじ引きで三等を当て、果物の詰め合わせをもらったのだ。昔から、箱の中で選ぶ系のくじだけは強かった覚えがある。その一方、ぐるぐる回すタイプは全然駄目なのだ。それを私に任せたが最後、全部はずれでティッシュの箱になったような…… 今でも思い出したくない、ちょっぴり悲しい記憶である。
そんな感じで偶然手に入れた果物達は、後で百合亜さんやクラーレさんに切ってもらうつもりだ。




