103話 母性溢れるお医者様
魔物達の巣窟となっていた城から、片割れの世羅達を救出した後、アルセニック湖に着くまでそう時間はかからなかった。
獣人の揺れる尻尾の向こう、木々に囲まれた静かな湖畔に、その小さな家は建っている。所々欠けた乳白色の壁と、ダークオークの柱に絡まった蔓は、湖で反射した太陽の光を遮るように、柔らかく家を包み込んでいた。恐らく、さっき木々の間に垂れていた蔓と同じものだ。この様子を見る限り、この家は相当な年季が入っている。そんな家に獣人の少女ルピナスと同居する、名医のクラーレ先生は、今おいくつだろうか。
木漏れ日に照らされた扉を見つめていると、私の足元をすり抜けたのは1匹の黒猫。金の鎖に赤い宝石がついたペンダントということは…… こいつ、世羅なのか。私を散々警戒しまくったくせに、なんの躊躇もせず人の足に尾を巻きつけるなんて、嫌われたのかと気に病んでいる私が馬鹿みたい。
なに、尻尾は素直ってやつ?
内心複雑な気持ちに頭を悩ませつつも、その可愛らしさに勝てないのが猫派の運命だ。手を出して引っかかれるのは嫌なので、私はデレる(?)彼を見つめて萌えるだけの選択に出た。
その後、世羅はクラーレさんに怪我を診てもらうために、紗羅に言われて渋々人間の姿に戻った。こうなってしまうと、彼は私にツーンとした顔しか見せなくなり、可愛くなくなるのだ。さっきの可愛らしさは何処に行ってしまったのか…… 私がため息をつくと、それに気づいたアレンがフォローを入れるのはいつものこと。
「はぁ、なーんで急に可愛げがなくなるんだか……」
「まぁまぁ雪菜、そんなに落ち込まなくてもいいと思うよ。師匠のあの様子を見る限り、ツンデレっていうやつみたいだから。少なくとも、雪菜の事が嫌いなわけじゃないみたい」
「ツンが強すぎる気もするけど……」
落ち込む私の側をゆっくり横切り、疲れた様子のルピナスちゃんが扉をノックをすると、その向こうから「はーい」と女性の声が聞こえた。
しばらくすると、キィっという古い扉ならではの音をたてて、叔母さんより少し若くみえる女性が出てくる。
見た感じ、20代の中間くらい。ウェーブがかかった髪は東雲色で、胸が…… 結構ある。
医者だからバリバリの白衣をきているのかと思ったが、その白衣の中は案外自由な服装だった。その大人びた雰囲気に、ルピナスちゃんと寅くん以外は全員たじろいている。
しかも男子2人は、分かりづらいがほんのりと顔が赤くなっているのがよく見えた。その一方、紗羅曰くまだ幼いらしい寅くんは、そんなこと理解していないだろう。そもそも猫姿のままなので、正直どんな表情なのかは理解不能。キジトラの子猫姿のままの寅くんは、包帯が巻かれた兄の足に擦り寄り、心配そうな紅い瞳で世羅を見つめていた。
そんなこんなで話は本題に戻り、私はもう一度クラーレさんと思わしき人物に視線を戻す。彼女は見た目の年齢と服装とは裏腹に、だいぶ大人びた柔らかく優しい母性溢れる声で妖精に話しかけた。
「あらルピナス、お客さんを案内してくれたのね。ありがとう」
「はい、日之影家の魔法使いの方です」
今さら思い出したが、獣人幼女のルピナスという名前、何処かにそんな花があった気がする。確か、花言葉は"貴方は私の安らぎ"だった。
名前には狼という意味もあった気がするな、だから彼女は狼に変身できるのか。
「えぇ、百合亜ちゃんから話は聞いてるわ。弟くんの傷を癒したいんでしょう?」
「別に自力で治せるし。こんな傷くらい数時間で」
「それができないからここに来たんでしょ! 変な所で意地をはるのは、世羅の悪い癖なんだから……」
男子の中で唯一、世羅がクラーレさんに冷たい態度をとるのは何故。私以上にツンツンしているような気もするのだが…… ここまでくるとさすがに嫌っているんじゃないか。
しかし、いろっぺぇ割におしとやかなクラーレさんは、そんな世羅の反抗など御構い無しに、私達を家の中へ招き入れる。
仕事部屋の中は少し暗く、乳白色の壁と机の上の棚は、植物と本と薬でで埋め尽くされていた。窓から入る光が、資料が積まれた机の上を照らす。
世羅はその部屋の隣にある治療室のベッドに寝そべり、上に着ている白い半袖パーカーと真っ黒なタンクトップを脱ぎ始めた。その身体には、やはり血の滲んだ包帯が巻かれている。
世羅はそれすらも自力で外そうとしたので、自分の身体が動くたび、傷の痛みに軽く身をよじっていた。
心配したクラーレさんが手伝おうとしたが、あっさり断られてしまい、結局アレンが無理矢理手伝いをする羽目に。
さすがにあの包帯の下の痛々しい傷は見たくないので、私達はクラーレさんの家の客間で待っていることにした。
《クラーレさんの設定はもう少し後に出します》




