99話 脱出する為に
「雪菜っ、大丈夫か!? 俺が誰だか分かるか!?」
「………一矢」
僅かに光が差し込む瞼を開くと、ぼやけた視界の隅から、一矢が私の顔を覗き込んでいた。余程私の事を心配していたのか、今までに見た事がないほど、その焦げ茶色の目をかっぴらいている。唐突に誰だか分かるかと聞かれて、一矢とアレンのどっちのことだと焦ったけれど、口調と声の高さで回答が遅くならずにすんだ。私が起きたことに気づいた紗羅は、苦笑いをしながら手を差し出す。寝起きのせいかずっしり重たい私の身体、その先にある指の腹には、あの城の夢と同じざらつきが残っていた。
灰色の石で造られた古い壁、薄い苔に覆われかけた部屋の隅、暗闇に混じった水の匂い…… 全てがあの夢と同じ感覚。雨音は聞こえてこないし、私達が今いる部屋の壁はもっと風化しているけれど、ここは間違いなくあの城の中だ。
現在の小部屋内のメンバーは、私と紗羅と一矢とアレン。さっきいた森よりも、明らかにメンバーの人数が少ない。金属光沢のある魔物に連れ去られた時に、分裂してしまったようだ。それで私達は今、この城の中の一室に閉じ込められていると……
世羅と寅は戦闘中に後ろに下がっていたので、多分ここにいない勇助達の方に行ったんだろう。出入り口が少し離れた所にあるが、鍵がかかっているということは確認済みなので、わざわざ見に行く必要もない。しかし、鍵がかかっているといっても私達は魔法使いだ。そう簡単には脱出できないよう、向こう側には見張りが立っているだろうと推測した。
どうしようかと考えを巡らせる中、紗羅が小部屋の窓から外を覗き込む。
「私、この辺の景色には見覚えがあるわ。ここ、アルセニック湖付近の城跡よ」
「本当ですか? じゃあこの城の中に全員が囚われているんですね……」
「えぇ。それで、らい姉達は魔法が使えない人が多いから、私達が助けに行けたらなーって。いいでしょアレン、現在の戦力的には私達の方が上だし」
「え、あ、はいっ! なんかロマンチックですよね!」
状況判断も準備も万全でない私達が、今すぐ片割れを助けに行くのは随分と無理な話だ。でも、今はこちらと片割れの能力が偏っている。能力が使えない状態に等しい片割れは、早く助けに行かないと危険だ。
錆びついた鉄格子から外を見る紗羅は、ここ周辺の地形や気候、アルセニック湖やクラーレさんの家の位置まで分かるという。やはり、昔来たことがある人がいるのだから心強い。
とりあえず適当に準備をしようではないか、あの魔物から身を守るためにローブはしっかり身に着けるつもりだが、紗羅達の攻撃に圧されないように気を付けなければ。念のためローブを身につけて、ひとりにならないようにする。一矢と一緒に魔法のエネルギーで出来た氷の弾丸を生み出し、出入り口の扉に狙いを構えた。
今からこの扉を突き破って、外にいるであろう見張りを叩き潰す。
「えいやぁっ!!」
霰粒橋で世羅と戦った時と同じ黒い刀を握りしめ、颯爽と先陣を切ったのは、アレンだった。古惚けたオークの扉にかけられた、向こう側の施錠を数秒で開け、勢い良く扉を蹴飛ばす。
部屋の外には二人の見張りがいたが、私達は引けを取らずに前へ進む。結局、アレンと紗羅だけで見張りは片付けられてしまい、後ろにいた私と一矢はその光景を見ることができなかった。この世界で生きる人間達の基本的な戦法を、全然勉強することができなかったのだ。
このままでは、私達はなんの役にも立てない。まぁ、本当に殺したのだとしたら見なくてよかったかもしれないな。うっすらとしか見えないけど壁に赤い斑点もあるし、鮮血が飛び散る程の高威力となれば、それはそれはもう恐ろしい光景が広がっていたのだろう。私はそんなの絶対見たくない、出来れば見たくない。
だって私、リアルな殺しのゲームってやったことないし、流血は平気だけど勇気がないもの。そんな酷いことをしたら、今度こそ本当に悪の魔女になってしまうもの。
それこそ恐ろしいと思わない?
……でも、もうすぐその抵抗は消えて無くなるんだろうな。




