98話 古城に訪れた人
ぼんやりとした意識の中、遠くから聞こえる暗闇の音に導かれて、私はゆっくり起き上がる。瞼を開けた時に見えた景色は、さっきまでいた森ではない。どこかで見た覚えがある、石造りの古びた城の中だった。
ふと自分の身体に違和感を覚え、いつの間にか身につけていた黒いワンピの裾を掴むと、何故か普段よりも小さい手の平が目に映る。手どころか身体全体が小さくなっている気がする、あの魔物の集団にやられてしまったというのか。
……って、この真っ黒な姿はもしや、勿忘草の丘の少女!?
もしかしてこの子、私の小さい頃の姿なんじゃないか?
だって私の昔の写真、確かにこういうきのこみたいな髪型だったもん。このワンピだって、今思い出せばたまーに着ていたような気が…… しない。
一体何処で着ていたんだ、こんないかにも礼服っぽいけど、地味に可愛い服。よく見ると5歳ぐらいにも見えるこの少女、もし本当に5歳ならば、幼女と言った方が正しいのだろうか。そんな彼女は、今の私では到底考えられないような、そんな可愛らしい服装をしているのだ。ただ単にこの幼女の視点で話が進んでいるだけかもしれない、そんな考えが浮かんだが、どっちにしろ恐ろしいわっ!
こうなってはどうしようもないと吹っ切れ、その小さな身体でバッと立ち上がろうとしたが、バランスを崩して尻もちをついてしまう。現在の状況を信じる事ができないので、靄のかかった頭を覚ますために、私は自分の頬をペチペチと叩いてみた。しかし、頭の靄は消えるどころか、頬と尻の痛みすらほとんど感じない。あぁ、これもまた悪い夢なのか……
何度も謎の夢を見る自分に呆れてため息をつき、それでも自力では夢から目覚められないと理解していた私は、仕方なく辺りを見回す。すると、城の出入口であろう古惚けた扉に、真っ黒なローブを身につけた誰かが立っていた。
フードから覗くセミロング程の長さの灰髪以外は、開かれた扉から射し込む逆光で、顔すらも黒に染まってしまう。私に声をかけた時に聞こえた声が、苔に蝕まれた城壁に低く響いたので、黒ずくめのその人が男性であることは分かった。
「さ、もうすぐお前の母さんがくるぞ。雨が止む頃には来ると思うんだけど……」
先程私達が歩いていた森よりも、茂る葉の緑は深く艶があり、城内には滴と滴がぶつかり合う音も響く。私の頭の奥でフッと、彼の元に行かなければという信号が送られてきたので、私はいそいそと立ち上がった。
黒革製のベルトシューズを見ていると、本当にこの幼女の格好が白黒なのだなと思えてしまう。その靴を眺めた後に、私は風にはためく彼のローブを左手でよけた。
「まったく、わざわざこんな所まで迎えに来なくてもいいのに、あの心配性も相変わらずか。まぁ、お前を愛している証拠なんだろうけど、寂しさもあるんだろう。あいつはいつも、もう一度家族と幸せに暮らせるように、ずっと戦い続けてる」
「かぞ、く……?」
私の母親は確か、海外で仕事をしながら、私達に仕送りをしてくれているはずだ。父親はもう他界しているし、私の母の血縁関係のような話は、叔母さんからは一切聴いていない。母が私のことを溺愛していたことは知っているが、こんな人にお世話になった憶えも、母が何と戦っているのかすら分からないわけ。
なんかこの人、優しげな口調の割には随分と小汚い格好だし……
そんな疑問を抱きつつ、どういう事かと首を傾げた瞬間、雨音の中で突然鋭い稲光が走った。その白い光に思わず身体が跳ね、風になびくボロボロのローブにしがみつく少女。轟く雷鳴が大地を揺がした後、私が正気に戻った頃には、幼女は名も知らない彼のローブの中に潜り込んでいた。
って、何をやっているんだ私は!? 雷は苦手どころか、少し好きだったりしたはずなのだが…… いやいやそんなことより黒ずくめの人、私を抱き上げないでっ! この子の中身は普通の中学生ですから、中学1年生の女の子ですからねー!?
「!?」
「怖かったか? この城跡に落ちなければいいが、あいつも大変だろうな」
「………」
「僕も他の理由で戦っているんだが、あいつはそれにも協力してくれて…… もしあいつが挫けそうになった時には、お前がそばにいてやってくれないか」
優しい笑みを浮かべていても、その目元は暗闇に閉ざされていてよく見えなかった。その低く優しい声色にうとうとしてしまい、茂みから出てきた人影も、真っ黒に包まれてもう見えない。
ずっと遠くの、暗い闇の中。どこからか、私の名前を呼ぶ声がする。
その声は、私が無意識に求めている声…… 力強い想いが込められており、それでいて守りたくなるような可愛らしさがある。
私は自分の意志のままに、ゆっくりと手を伸ばした。




