8話 身に憶えのない銀の箱
私はしばらく唸り続けた。どんなに唸っても、あのデータが戻ってくることはない。そんな事は分かっていた。ただ、私にはその悲しみを抑える為に唸る必要があった。
私にはその程度の事しか出来なかったし、他の方法が見つからなかったから。こんな事をしても時間の無駄にしかならないことは、よく理解していたつもりなのだが…… そうだとしても、今の私では唸る事をやめられないようで、胸の内の黒いモヤモヤはなくならない。しかし、時間がたつと落ち着いてきて、私は小学生の頃からずっと使っている椅子にもう一度腰掛けた。
まず、私と澪がプレイしていたデータが消滅してしまう前の事を思い出してみよう。
私達が最後にゲームをしたのは、春休みの半ばだった覚えがある。私がカセットを持って行き、彼女の家のテレビとゲームの本体を借りて、珍しく1時間ほど謎解きをしていたのだが…… 今回犠牲になったセーブデータはその時の物のみで、叔母さんがちまちま進めていたデータは無事だったのだ。
データの消滅に気づいたのは昨日の夕方、他のゲームをやったついでにゲームの進行具合を確認しようとしたところ、2段目の私達のデータがなくなっていたのだ。
昨日の出来事だったので、澪にはまだ伝えられていない。心当たりといえば、最後に澪と遊んだあの日、そのデータに砂嵐の様な白黒の線が入ったような…… 叔母さんが最後にこのゲームをプレイしたのは春休みの初め頃だったので、彼女の操作ミスで消える事はないだろうし、ただの故障だったのだろうか。
しばらくすると、下の階からピンポーンという音が響く。
誰だろうと思って角度が急な階段を降り、途中で転びそうになりながらも居間の大きな窓を覗き込む。日光に反射して輝く緑ラインの白ヘルメットは、いつもの宅急便の人だ。多分、叔母さんが注文した荷物が届いたんだろう。私は仕事で叔母さんが家にいない間、荷物を受け取ってほしいと頼まれているのだ。
居間の窓を叩いて宅配便のおじさんに合図をした後、私は玄関の扉を開けて2度目の階段を下り、蜘蛛の巣や枯れ葉が巻きついている家の門を開けた。そして、いつものように荷物を受け取る。
あ、郵便箱にも何か入っているな、持って行ってしまおう。
……ん? まだあったのかこの箱。
ついでに覗いた郵便箱に入っていたのは、今朝見かけた銀箱だった。縦横高さ約20cmの銀色の箱で、髪留めにも使えそうな、ガラス製の碧い花の装飾が飾られている。確か、この花は勿忘草…… 寄り集まった小さな花は、今日夢に見たあの丘の少年を連想させた。
荷物を届けてくれた宅配便のおじさん曰く、元から郵便箱に入っていたものらしい。
包装紙に包まれていないし、私の名前以外は何も書かれていないから、普通の郵便物ではなさそう。郵便箱へ直に入れたのだろうかと思って、躊躇しつつも箱に手を伸ばしたら、今回は特に変な声が聞こえてくることはなかった。
どうやら、私宛の荷物のようだ。中身が気になるし、普通の物じゃない気がする。こんな不思議な雰囲気の箱は見覚えがないし、送りつけられるような事をした覚えもないのだが。
私はどうするべきだろうか。こんな綺麗な箱、汚したらもったいない。
……とりあえず、叔母さん宛の荷物を片付けてから、この箱を部屋に運ぼう。
家の中の階段を駆け上がっているうちに、蓋が若干震えていることに気づいた。
それは、自室に入った後も変わらない。まるで生き物が入っているかのように、少しずつ"カタッ……" っと動いている。じっくり見ていないと気づけない程の振動だ。私がそっと箱を押さえても、振動は収まらなかった。
しかし、テレビの速報は出ていないので地震ではない。となると、この蓋が勝手に動いていることになる。
怪奇現象かと思いながらそれを見つめていたら、蓋が開きかけている事にも気づいた。しばらくの間息を殺して、震える箱の隙間を睨む。だが、震えているだけでいっこうに状況は変わらない。
痺れを切らした私は、その蓋をひとさし指で押し退けてしまった。




