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【月面 =マルス・アカデミー地球観測ラボ『ルンナ』】
1万2000年ぶりに稼働再開した月=マルス・アカデミー地球観測ラボの広大な宇宙ドックの片隅に、地球欧州各地からマルス・アカデミーシャトルに収容されて運び込まれた英国やフランスの原子力潜水艦がズラリと並んでいた。
地球深海で来るべき核戦争に備えて隠密行動していた巨大な金属製のクジラは、火星日本列島から派遣されて来たJAXA技術者と、欧州から避難してきたESA(欧州宇宙機関)出身技術者やNATO海軍・各国造船関係者生き残りの手によって原子炉、特殊ゴム製遮音タイル、スクリュー、魚雷発射管が取り外され、宇宙空間航行用水素イオンエンジンや補助動力源としてのソーラーセイル、放電アンテナ、耐熱隔壁、大・小口径レールガン、誘導ミサイルランチャー、20mm艦載機関砲や5インチ艦載速射砲が取り付けられ、真空で戦闘行動可能な即席宇宙戦艦として生まれ変わろうとしていた。
即席宇宙戦艦は宇宙国家『アース・ガルディア』との万が一を想定している。
ルンナラボの宇宙ドックに隣接する仮設居住区では、欧州各国避難民の他、衛星軌道上の飽和したスペースコロニーや地上でコア・サテライトへ向かう順番待ちをしていたアース・ガルディア登録国民等10万人余が収容されている。
暗く狭く全てが不足していた劣悪なスぺ―コロニーで心身ともに疲弊していたアース・ガルディア国民は、火星日本列島の大手ハウスメーカーやゼネコンから提供されたプレハブ建の仮設住宅で質素だが快適な生活環境の下、心身を休めていた。
暫しの休息後、ヒトの心を取り戻したアース・ガルディア国民や欧州避難民達は、民生局長ソーンダイク指示のもと、新たに地上から到着する予定の避難民を迎えるべく、居住区拡大作業に従事するのだった。
仮設居住区とは言え、既に10万人余の住民が居住する宇宙港を備えた場所は『月面都市』と呼んで差し支えない発展を遂げつつあった。
居住区で資材を運搬するフォークリフトを操りながら、宇宙ドックにズラリと並んで宇宙戦艦への改装を待つ英仏原子力潜水艦群を横目で見たソーンダイク民生局長が、羨ましそうにため息をつく。
「……40万に及ぶ北米地区の避難民は取り残されたままだというのに」
アンゴルモア艦隊が火星日本国との交戦で敗北し、貴重な軍用輸送シャトルを多数失った為、地上と衛星軌道上を結ぶ輸送手段が激減しており、地上からの国民避難は停滞していたのだ。
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2023年(令和5年)12月20日【地球衛星軌道 マルス・アカデミー地球観測ラボ『ルンナ』=月面 仮居住区行政庁舎】
「ミスター東山。どうか北米の避難民を月面まで運んでもらえないだろうか?」
居住区中央のプレハブ建て行政庁舎で、火星から呼び出されて駆け付けた東山と結に向かい、困り顔のソーンダイク民生局長が相談を持ちかける。
「ヨーロッパ救出作戦で使用したシャトルは、ヨーロッパ避難民の火星輸送に使用中よ」
昆布茶をズズっと啜る結がすげなく断り、がっくり項垂れるソーンダイク。
「……では、あそこで改装中の船を貸して貰えないだろうか?」
縋るような目で東山に迫るソーンダイク。
「改装中の英仏原子力潜水艦は、火星衛星軌道の防衛に必要と英国連邦極東・ユーロピア共和国首脳から聞いています。
……それに、つい先日まで戦火を交えた相手に対して、ボランティアの如く何のメリットもなく動くのはちょっと……虫が良すぎませんか?」
岩崎官房長官から”国益第一”ときつく言われている手前、否定的な対応を取る東山。
「うっ……」
正論に言葉を詰まらせるソーンダイク。
不機嫌な顔でソーンダイクを見る結と東山。
彼と彼女にとって10日前、火星日本列島にやっと帰ってきたと思いきや、再度の月面出張命令である。
「ソーンダイク氏から至急内密に相談したいとの言付けがありましてね……『東山特命全権大使』殿、頼みましたよ?」
平然とした顔で月面出張を言い渡す岩崎官房長官。
NEWイワフネハウスに帰宅したばかりの結も、久し振りのカボチャプリンを堪能しようとした矢先、
「……ごめん結。もう一度月へ行って貰えないかな?
ひかりさんが、から揚げ沢山作ると言っていたから……」
拝むように頼み込む大月に、困った顔をする結。
「結ちゃん。迷惑かけてごめんなさいですぅ。本当なら瑠奈を行かせたいところだけど、あれじゃねぇ……」
瑠奈を見つめる瞳をそっと伏せるひかり。
ダイニングのテーブルでおやつのプリンを食べる瑠奈だが、ヒトの身体に慣れていない為、身体を思う様に操れないのか、逆立ちをしながら右足でスプーンを掴んでプリンを掬おうと悪戦苦闘していた。
「……あああ」
重力の軽い月面で手足の感覚が逆になっていたのかもしれないが、雑技団の様な身のこなしを披露する瑠奈を見て全てを悟った結。
「……仕方ないわ。お代は高くつくと岩崎に伝えて頂戴」
仕方なく、結はバケツ一杯のから揚げと引き換えに月面行きを了承したのだった。
――――――故に、二人の機嫌は大変よろしくない。
二人の渋面を見たソーンダイクは必死に頭をフル回転させ、ある事に思い至る。
「ああっ、そう言えば。実は、地上の北米避難民キャンプに貴国の方と思われる旅行者やビジネスマンが沢山居ると報告が有ったのですが……」
「なんですって!?その話、詳しくお願いします!」
ソーンダイクの言葉を聴くなり、ズズズイっとソーンダイクに詰め寄る東山。
「顔近いしうぜぇ」と内心思いつつも、派手な喰いつきに脈ありと感じたソーンダイクは、北米各地の避難民キャンプに日本人が居る情報を伝えるのだった。
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――――――【ルンナラボ 最下層メインサーバー管理室】
日本列島が火星へ転移した当時、北米大陸には日本から観光、留学、海外拠点駐在員として、約20万人の日本人が渡航在留していた。主にアメリカ西海岸ロサンゼルス、カナダのバンクーバー等である。
「うーん……結さん。地球と月の往復だけで良いのですよね?」
ソーンダイクの情報に態度を一変させた東山は、マルス・アカデミー関係者しか入室出来ない管理室で、結に米海軍の原子力潜水艦を改造して即席シャトル代わりに出来ないか相談を始めるのだった。
原子力潜水艦の宇宙空間仕様への改装は、ヨーロッパ救出作戦において英国連邦極東やユーロピア共和国が取り組んだ実績があり、東山の記憶にも新しい。
「……もぐもぐ。衛星との往復だけで良いなら……」
ひかりから持たされた冷凍食品パックのから揚げ弁当をガツガツとかき込みながら、管理室の端末を操作して船体改装シミレーションを開始する結。
「短距離専用シャトルとして、地球との往復に限定した改装なら比較的簡単に出来るわね」
可能性有りと答える結。
結の答えを得た東山は、火星日本列島の首相官邸の岩崎官房長官に報告し、アース・ガルディア米国派閥との改装技術共有の承諾を得ると、ソーンダイク民生局長やアース・ガルディア軍に身を置くアメリカ派閥の将校達と共に、北米大陸救出作戦を組み立てていくのだった。
火星日本列島では地球欧州避難民の受け入れが始まると、未だ地球に取り残された形の海外在住日本人の救出議論が沸き上がり、東山特命全権大使とアース・ガルディア米国人派閥が進める北米大陸救出作戦に、人々の期待が高まるのだった。
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2023年(令和5年)12月22日【神奈川県 横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】
「パパっちー!おきゃくさんやでー」
ハンペンを着た幼い黒髪少女が、その外見とは似ても似つかないエセ関西弁で大月を呼ぶ。
「瑠奈。お父さんと呼びなさい。お客さんだって?」
「お父さんめんごッス!ジョーンズ叔父さんっス!」
言葉使いを直すか、関西弁を西野ひかりにレクチャーさせるか一瞬迷ったが、来客対応優先に頭を切り替える大月。
「わかった。美衣子もリビングに呼んできてくれるかな?」
「美衣子姉さまなら、もうジョーンズ叔父さんにお茶出してるッス!」
やはり正しい言葉使いを優先しようと心に留める大月。
大月がリビングに向かうと、美衣子が緑茶を啜るジョーンズ少将に『ぶぶ漬け』を出すところだった。
「あっ、美衣子!これはお客さんに出したらアカンやつ!!」
美衣子に突っ込み、ジョーンズ少将に謝る大月。
「少将すみません。まだ、日本文化の地域性を混同していて……」
「構わんよ。実は二人にお願いが有って来たのだ」
ジョーンズ少将は立ちあがると、大月と美衣子に腰を折って頭を下げた。
「……私を月に送ってくれないか?」
「月ですか!?」
いきなり奇想天外なお願いをされて固まる大月。
「そう言えば、アース・ガルディア軍の一部が月面で北米大陸救出作戦を計画していると東山と結ちゃんから聞いていますけど……ジョーンズ少将も参加したいのですかぁ?」
フリーズしていた大月の背後から西野ひかりが現れ、ぶぶ漬けを下げながら尋ねる。
「……そうだ。北米大陸救出作戦のニュースは、在日極東アメリカ合衆国国民と兵士のホットニュースになっている。ぜひ自分達も加わりたいという志願者が後を絶たんのだ」
「そして、私も行きたいのだ」
ジョーンズ少将が美衣子に再度頭を下げて頼み込む。
「若い兵士ならともかく、貴方の歳では半冷凍カプセルと言えども身体が強力なG負担に耐えられないわ」
ハッキリと告げる美衣子。
「身体が砕けても構わん!老いぼれの一生に一度の頼みだ」
頭を下げ続けるジョーンズ。
「美衣子、何とかならないの?」
さすがに見かねた大月が美衣子に声を掛ける。
「むーん、父さんが言うのなら仕方ないわね。
……私は日本列島を護る役目があるから火星を離れる事は出来ない。私から名取にお願いしておくから貴方達は『ホワイトピース』で月面へ行きなさい。部下の志願者達は火星協力機構軍救出部隊に加わってみたら面白いかも知れないわ」
具体的な方法をアドバイスしていく美衣子。
話の流れを聴いた大月は「機構の事は天草さんに任せなさい。美衣子はジョーンズ少将や名取大佐が安全に月へ行ける様にアイデアを出してあげなさい」と先走る美衣子を抑えるのだった。
「ジョーンズ少将。貴方のお気持ちは天草理事長に伝えておきます。どうかお身体に気を付けてくださいね」
「ミスター大月。ありがとう。恩に着る」
ジョーンズ少将が帰ると大月は、西野ひかりに先程の話を聞かせると火星研究機構理事長の天草治郎に連絡を入れ、西野ひかりは岩崎官房長官にジョーンズ少将の部下に志願者達がいる事を伝えるのだった。
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2023年(令和5年)12月27日【火星衛星軌道 第2衛星 航空・宇宙自衛隊 『ダイモス宇宙基地』】
「名取大佐。この度の協力、在日極東アメリカ合衆国国民を代表して心から感謝する」
ジョーンズ少将が名取大佐に深々と頭を下げた。
「頭をお上げください、ジョーンズ少将。地球に取り残された我が国国民救出の為ですから。
我々こそ月面から地球北米大陸と、慣れない土地が続きます。ご指導お願いします」
名取艦長がジョーンズ少将に頭を下げる。
昨日夜に火星協力機構会議が何故かNEWイワフネハウスで開催され、当たり前のように澁澤総理大臣以下、首相官邸のメンバーと英国連邦極東・ユーロピア共和国の首脳がお忍びで来訪、夕食を取りながらマルス・アカデミーの美衣子を交えて北米大陸救出プロジェクトと地球復興調査隊の派遣が話し合われた。
NEWイワフネハウスが会場となったのは、美衣子の「今晩のから揚げ定食は絶対に外せないから」との発言が理由だったと西野ひかりが大月に説明したのは会議終了後の事である。
ジョーンズ少将と極東米軍志願者で構成された特殊部隊100名と、地球環境の現状調査と復興の可能性を探る調査隊に国立天文台所長の空良、JAXAの琴乃羽、ユーロピア共和国学術庁のアッテンボロー博士が日本国航空・宇宙自衛隊 強襲護衛艦『ホワイトピース』に搭乗して月面仮居住区へ派遣される事になった。
今回は容赦ない速度での電磁カタパルト打ち上げではなく、衛星軌道上で待機する強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』に搭乗して巡航宇宙速度で月面都市へ向かう3週間の行程であり、身体的負担は軽減されている。
また、前回の月面往復時にマルス・アカデミーの結が火星と月面間に一定間隔で 宇宙灯台(自働旋回航行の小型シャトル)を配置、宇宙灯台が発信するビーコンを目印として地球人類のみで航行出来る様に航路が改善されていた。
効率的な宇宙灯台を利用する事で、巡航宇宙速度でもアース・ガルディア本国へ自力帰還中のアンゴルモア艦隊を追い越して到着する為、月面仮居住区到着後は高瀬少佐のパワードスーツがアース・ガルディア軍ソーンダイク派閥の部隊と共に、ロシア主流派部隊や遅れて到着するアンゴルモア艦隊を牽制する事になっている。
「皆さん。「アース・ガルディア」とはあくまでも休戦協定しかしていません。2年後を念頭に、兵士諸君は『その辺も』気を付けて行って頂きたい」
火星協力機構代表国理事である澁澤総理大臣が、NEWイワフネハウスの食卓を囲む皆を見回すと注意を促すのだった。
「最近、家のリビングが国際会議場になっている件について……」
西野ひかりが振る舞うデミグラスハンバーグと甲州ワインに舌鼓を打ちながら、北米大陸救出作戦を熱心に討議する火星協力機構各国首脳を見ながら、心の中で大いに突っ込みを入れたい大月だったが、結や西野ひかりの友人である東山龍太郎の安全に関わる以上、突っ込んでも仕方ないとテーブルの片隅でのんびりハンバーグを噛みしめながら諦めるだった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満=総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・西野 美衣子=日本列島物育成環境保護システムの人工知能。
・鷹見 結=マルス文明尖山基地管理人工知能だったがバージョンアップされた。
・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体(月基地)管理人工知能。保管されていた日本人標本から誕生。
・東山 龍太郎=内閣官房首相補佐官。西野の大学同期。
・澁澤 太郎=日本国総理大臣。豪胆。
・岩崎 正宗=内閣官房長官。政治の裏表に精通。
・名取=航空宇宙自衛隊大佐。強襲揚陸護衛艦ホワイトピース艦長。
・ジョーンズ=極東アメリカ合衆国海兵隊指揮官。少将。
・ソーンダイク=宇宙国家アース・ガルディア、英語圏代表代議員 民政局担当代議員。




