宇宙国家の選択
ガルディア暦3年(2021年(令和3年))9月1日【地球衛星軌道上 宇宙国家『アース・ガルディア』コア・サテライト】
地球衛星軌道の反対側から姿を現した巨大な十字架の如きオブジェクトが、新興宇宙国家の首都として指定されたISS(国際宇宙ステーション)にゆっくりと接近していた。
『ズドラーストヴィチェ!(こんにちは)
こちら「ミール2」現在秒速1mで飛行中。間もなく姿勢制御ロケットで減速、秒速0.2でコネクト予定』
ミール2のロシア人飛行士がロシア語の挨拶をしながらドッキング準備に入る。
「ハロー!
ようこそ『アース・ガルディア』首都コア・サテライトへ。
了解した。JAXAのコア・ユニット『キボウ』が空いている。そちらにドッキングせよ」
英語で挨拶を返す元NASA飛行士が、使用者の居ない日本研究ユニットに結合指示を出す。
『日本製か!有り難い』
地上から消滅した、メイド・イン・ジャパンの高性能な施設を使えると知ったロシア人飛行士が素直に喜ぶ。
旧ISS(国際宇宙ステーション)である巨大なコア・サテライトに、上下左右前後に6基の宇宙船を合体させた『ミール2』がゆっくりと接近する。
背後から差す太陽光を浴びた全長40mを超えるその姿は、巨大な十字架にも見えた。
「……ジーザス。あんな骨董品がまだ生きていたとは……」
コア・サテライト内に在る管制センターでモニター画面に拡大された旧ロシア連邦の宇宙ステーションを視て感嘆のため息を漏らす、英語圏代議員のソーンダイク。
「……白々しい。祖国が有益な宇宙拠点を放棄する筈がないだろうに……。20年前の大気圏突入セレモニーは、使用済み貨物機とハリウッドのVFX技術を駆使してミールに見せ掛けた盛大なフェイクだよ。君の国のスタッフが関わっていたのだから、知らないとは言わせないぞ?」
ソーンダイクの隣で、口元を歪めて苦笑しながら肩を竦める、ロシア圏代議員のアレクセイエフ。
「公には20年前に廃棄された手前、常に地球の反対側を廻る軌道で大人しく活動していたが、後発組のチンク(中国人の蔑称)が補給拠点で利用してくれたから助かった。チンクが払う莫大な使用料で、祖国は新型宇宙船の開発資金を捻出出来たからね」
そう言いながら、ミール2の上部コネクト部分を指さすアレクセイエフ。ミール2の上部モジュール先端に、中国国章である五星紅旗を記した中国航天局の宇宙船『神舟7』『神舟8』がドッキングしている。
「彼らは内陸部で津波から生き残った打ち上げセンターを総動員して、打ち上げを続けている。自前の宇宙ステーションも定員超過らしく、ミールを間借りしていたのさ」
「彼らの技術でコア・サテライトを扱えるのか?」
「最新鋭設備への順応は時間がかかるだろうな。彼らの宇宙ステーション『天宮影3』をメインとしながら交代でコア・サテライトで研修だろう。
総代表は人種差別を嫌うお方だが、一方で能力の無い者にまで機会を与える程お優しくは無い……。
落ち着いたら『天宮影3』の軌道を此方から離して、ラグランジュ・ポイント(重力均衡点)を拠点として、同胞が住まう居住区建設に力を発揮して貰う予定だ。
宇宙空間の肉体労働で大変な彼らに、代議員枠を与えて運営に参加する苦労はさせたくないという総代表のお心遣いだ。」
無表情に言い切るアレクセイエフ。
「……実に前時代的なクーリエ(労夫)活用法だな。
ところで、総代表はもう『ミール2』に居られるのか?」
「まだだ。総代表は現在、バルト海沖のメガ・フロートを視察中だ。明後日に打ち上げられるバイコヌール発の最終便で此方に来られる予定だ。
地上には未だ15万人に及ぶアース・ガルディア国民が地上に残されている。総代表は国民を元気付け、明日への希望を最後まで与え続けておられるのだ」
「地上の燃料精製プラントが大変動で壊滅して備蓄が尽きようとしているから、宇宙に上がれる国民は限られてしまうか……」
目の前にまで接近している『ミール2』をコア・サテライトの遠隔操作アームが捉えてゆっくりと結合する作業を視ながら、地上に残された国民への支援について思いを巡らすソーンダイク代議員だった。
♰ ♰ ♰
―――2日後【地球衛星軌道上 旧国際宇宙ステーション 現『宇宙国家アース・ガルディア』コア・サテライト】
「ソーンダイク代議員、アレクセイエフ代議員、君達の発見は我々に希望を与えるものだ」
ロシア・バイコヌール打ち上げ基地から到着したアース・ガルディア総代表のイゴール・アッシュルベルンが、二人の代議員を褒め称える。
「ありがとうございます総代表閣下。
今度の火星最接近は来年10月、つまり1年後になります。
総代表閣下。我々の新しい生存圏として、火星も領土にすべきではないでしょうか?」
アレクセイエフ代議員が進言する。
「同志アレクセイエフ。
我々は地球を守るのが第一の使命であって、侵略ではない。火星人に奪われた日本列島を解放し、人類の手に取り戻さねばならない。これは宇宙の脅威から地球を守る我らアース・ガルディアの崇高な使命なのだ!」
「現在の地球は、神の審判を受けて浄めの儀式の最中だ。儀式が終わり次第、早めに『火星の日本国』と連絡を取りたいところだ。
日本消滅前のデータを見ると、我々の文明とは違う何者かの手で転移させられたのは明らかだ」
イゴール総代表が言った。
「今はまだ、地上からの避難民を受け入れなければならん。その為のコロニーを間に合わせでも良いから作らねば。
その後は『火星の日本国』と連絡を取り、状況を把握する事だ。
あの国には強力な在日米軍が居た筈だ。彼らと連絡を取り合い、出来れば長期休息用のコロニーと食料供給基地として火星入植が行えるように日本人と交渉をしなければならん。北方領土の返還を持ち出せば、乗ってくるかもしれんがな」
アレクセイエフやソーンダイク達集まった代議員達のささやかな笑い声がコア・サテライトに広がる。
笑い声が収まったところで、イゴールが次々と今後のアース・ガルディア運営の指示を出していく。
「同志ソーンダイク。
衛星軌道上の通信衛星でこちらからコントロール可能なものを、コア・サテライトに集めて強力な通信基地を作ろう。英語圏国民の協力を得ながら進めてくれたまえ。NASAもESAも中国航天局も関係ない。衛星軌道上は我が国固有の領土なのだ」
「同志アレクセイエフ。
『火星の日本国』との交渉が不調に終わった場合に備え、旧アメリカと旧ロシアの使える宇宙兵器を調査してもらいたい。そして、火星まで到達可能な軍艦の研究を始めてくれたまえ。作業にあたっては、ロシア圏国民とミール2の人員を有効に使うのだ」
イゴール総代表の指示を受けたソーンダイクとアレクセイエフが、それぞれの役割を果たすべく担当ユニットへ移動していく。
コア・サテライト執務室の窓から、青い海と陸地の大半が噴煙に包まれた修羅の地球を背景に、サテライトにドッキングしている米国宇宙軍のX-37B軍事シャトルやSR92宇宙戦闘機、『ミール2』に備え付けられた対衛星ミサイルランチャーやレーザー砲を眺めるイゴール総代表が呟く。
「我々『アース・ガルディア』は、人類史上初となるロシア人が建国した偉大な宇宙国家なのだ……どのような手段を選ぼうとも、それは変わらんのだ」
ここまで読んで頂き、大変ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソーンダイク=英語圏代議員。元NASA宇宙飛行士。ISS船長。
・アレクセイエフ=ロシア語圏代議員。元ロシア宇宙局宇宙飛行士。ISS船員・
・イゴール・アッシュルベルン=宇宙国家『アース・ガルディア』 総代表。ロシア連邦出身の企業家。ロシア連邦保安局(旧KGB)の協力者。




